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プリズンマンション

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「穴生徳の流れ着いた頃の大阪は、近所に極道者がおって堅気さんと近所付き合いしながら、極道と堅気さんが町内で一緒に仲良う暮らしてた。今は知らんが、わいがいた頃はええ時代やった。ヤクザのおっちゃんが近所によーけおったわ」
「おやおや、大の男が二人して内緒話かい。また私の悪口で盛り上がってたのと違うか」
「ごっ、ご冗談を・・・」
 座っていたソファーから慌てて立ち上がり神戸は頭を下げた。
「こりゃ、お蝶さんお出掛けでっか」
「おかみさん会の旅行にね」
「そりゃご苦労さんですな」
 エレベーターから降りてきたのは山本蝶子だった。
「いつもの慰労会ですよ」
「お蝶さんのとこの組は安泰やな、お蝶さんがあんじょうしてはるから」
 組長を退いても、年に数回組を引退した元組員の女房や、抗争で未亡人になった妻達を連れて慰労の小旅行を定期的に行なっていた。ほとんど山本蝶子が個人で旅行費用を出していた。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「まさか、こんなお婆ちゃんを取ったりしないよ、ご心配なく」
「行ってらっしゃいませ」
 神戸は深々と会釈して蝶子を見送った。
「ありがとさん」
 玄関前に待たせたタクシーに乗り込んで山本蝶子は出掛けて行った。
「何処まで話したかいな・・・そやそや、近所に極道がいたって話のとこやったな」
「はい」
 蝶子を見送って立ったままで神戸は大きく頷き返事をした。
「ヤクザにもいい時代やったあの頃は、縄張り争いはあったが案外仲良くやってたわ。○○組の覇権拡大が始まるまではな・・・しかし、穴生徳にしたらそれが都合よかった。関東に親の敵討ちにしに来た様なもんやからな」
「でも、どうして丹波屋さんがこのマンションを作ろうと思ったのですか」
「金儲けや」
「・・そうですか」
 神戸は何だか心の底を見透かされて思わずドキッとした。
「何でやねん、まじで納得してどないするねん。ここはそんなあほなってつっ込む所やで理事長はん」
「すいません」
「すまんすまん。真面目な話、捨てたくて捨てた大阪やあらへんからな。無理矢理追い出された様なもんや。東京じゃそりゃ苦労したわ、はーみだしもんやから歯ーくいしばって頑張ったわ」
「そんなあほな、歯がちがいます」
 ここは突っ込む所だなと、神戸は突っ込みを入れた。
「そやその調子や理事長はん。笑ってなんぼや、他人さんの苦労話聞いたかておもろないやろ」
 丹波屋はそう言って笑った。
「それでどうして、こんなマンションにしようと思ったのですか」
「早く言えばパクリやな」
「パクリ・・・ですか」
 丹波屋の話は何処まで本気か神戸は少し戸惑った。
「残念やが、ここは真面目な話やつっ込まんでもよろし。穴生徳が聞いた夢をそのまんまもろーたんや」
「でも、裏切られた相手の夢を、なぜですか」
「穴生徳の夢がうらやましかった・・・わいは捨て子やった。物心ついた時から施設にいて親の思い出がなかった。もろーたんや無断で」
「そうなんですか」
「あいつはわいの街で居場所みっけたのなら、わいはあいつの捨てた東京で最高の居場所を作ったろと決めた。そんなこんなであいつは夢をパクられたと気に食わんかったのかもしれん。それもあってこのマンションを取ったろと思ったんかもしれん」
「そうですか」
 「めでためでたの若松様よ~♪枝も栄えて~♪」
「お出ましだ」
 丹波屋は嬉しそうにニコッ笑った。
 エレベーターのドアが開いて山本長子が降りて来た。この唄は嬉しい事があった時に口ずさむ唄だ。
「リキちゃんのお散歩かい。それにしてもご機嫌だねお嬢、博多で何かいい事でもあったのかい」
 長子の夫は福岡の刑務所に入っている。この唄は博多の祭りの時に歌われる祝い唄だ。長子は時々面会に行っていた。いつも博多の串田神社に願掛けに寄っていた。
「丹波屋のおじき」
 長子は抱い愛犬のリキを撫でながら嬉しそうに笑った。
「もしかして、健が出て来るのかい」
「ええ、模範囚で少し早く出られるんです」
「おめでとうございます、健さん良かったですね」
 長子の夫の山本健一は神戸にとって話の合う仲のいい間柄だった。神戸は自分の事の様に喜んだ。
「ありがとう」
「よっしゃ、出て来たらお祝いせーへんとな」
「まだ先の事すよ」
「まずは前祝いや」
「それよりもうちの健さんが面白い話をしてました。同じ房にあの鼠次郎がいると」
「ほーっ、あの鼠かい」
「健さんと話があうみたいです」
「そうかい」
 丹波屋は何かを思い付いた。
「鼠がどうかしましたか」
「いゃ、お嬢はまた博多へ行くのかい」
「ええ、行きます」
「それじゃ健さんに伝えておくれ、鼠にわしが会いたいと言ってたと。空き巣の事はチャラにするからと」
「分かりました伝えておきます。それじゃ行ってきます」
「行っといで」
 軽く会釈して山本長子は玄関の方に歩き出した。
「と言うこっちゃ。穴生徳は必ずこのマンションを取りに来る。あいつは来るで」
「来ますか」
「あいつはわいには嘘つかん。わしらチンピラやった時、嘘つかんと約束したんや正々堂々勝負しょってな。来ると言ったら来るあいつはまた来るで」
 神戸の口元が緊張してピクッと動いた。
「長いこと邪魔してもうてすまなんだな管理員さん」
「いえ」
 丹波屋はゆっくり歩いて行った。

 それから1ヶ月後の日曜日、マンション住人主催の山本健一出所祝いのバーベキューパーティーが中庭で行われた。
 この様な祝いのパーティーは、このマンションでは通例になっている。ここに誰もが帰る居場所があるのだと住人に認識してもらう為に丹波屋が考えた行事だ。このマンション住人で刑務所に入った者の大半は真面目に務めて模範囚で出てくる事が多い。ならば始めから別荘に入るような事をしないのが世間様にも一番いいのだが、その筋の業界人には職業柄さけられない事なのかも知れない。
 参加は強制ではなくその日に出席出来る者が自主的に参加している。その際に、参加者はそれぞれに料理などを持参する事になっている。それもなるべく家庭の手料理で、特にお袋の味の田舎料理が喜ばれる。出所した者にはシャバの嬉しい味だ。これも帰る居場所はここだとアピールするのに欠かせない小道具になっている。
「健さん、ご苦労様でした」
「ありがとう、やっぱりここはいいなー」
 懐かしそうに建物を見上げて主役の山本健一は神戸長次と握手した。
「これもみんな理事長さんが頑張ってるからだな。ありがとう」
「私なんか何もしてませんよ。この前の騒ぎだって丹波屋さんのおかげです」
「何や、わいがどないかしたってか」
 ほろ酔いでご機嫌の丹波屋が嬉しそうに話しに入って来た。
「鼠の件、あいつに伝えておきました。出たら必ず会いに来ると言ってました」
「ありがとさん」
「マンションに入った事で追いかけられてると知って、追手から逃げる為に自首して入ったのだと言ってました」
「一番安全な所に逃げ込んだってこっちゃな」
「あいつに頼み事ですか」
「都鳥はんには申し訳ないが、ちーっと目をつむってもらってな。わてから都鳥はんにはお頼みしますわ」
作品名:プリズンマンション 作家名:修大