プリズンマンション
二人の因縁対決も、あの時の事件が無かったらどうだったろう。もしかすると二人ともこの業界で金看板をはるまでに登れなかったかも知れない。
「伝、おまえの関西弁は相変わらず下手やのう」
「ほっといてくれ、おまはんも同じゃい。ごちゃ混ぜの東京弁や、徳」
別れ際に交わした言葉は、お互いに苦労したなと言っている様に聞こえた。
あの日から五日が過ぎて、やっとマンション住人も落ち着いて普段の暮らしに戻った。
マンションを監視していた警察の増強体制も、審査会当日からしばらくは不測の事態に備えて装甲車両が加わった警備が続いていた。それも普段の覆面パトカー一台だけの警備に戻った。
近所では機動隊員が目にして動揺した様で近づかなかった。
「すまんかったな、でしゃばった真似をして」
「いえ、私だけでは防ぎ切れなかったと思ってます」
丹波屋と神戸はロビーで立ち話をしていた。
「あの奥の手の事、あんたにも黙っててすまんかった。敵を欺くにはまず味方からてこっちや、松浦はんに知られたらパーやったからな。かんにんやで」
「いえ、何とか無事に済んだのも丹波屋さんのおかげです」
神戸は丹波屋に何度も頭を下げた。
「まあまあ、理事長はんが年よりのでしゃばりを許してくれたお陰や」
丹波屋は神戸を労う様に優しく肩を叩いた。
「とんでも有りません、有難うございます」
「今日は理事長はんには何で穴生徳がこのマンションを取りに来るのか、ほんまの訳を話しておいた方がいいと思ってな。聞いてくれるか」
「ぜひお願いします」
神戸も穴生徳かこのマンションを手に入れたがっているのか不思議でならなかった。
「わしがまだ大阪でチンピラやってた頃やった。知っての通り穴生徳も同じ組のチンピラやった。その時に穴生徳が話してくれた話や」
丹波屋の話は、穴生徳英吉が十歳頃東京で両親と幸せに暮らしていた時の話から始まった。
「わーっ!大っきー」
だらだらと続くゆるい坂道の参道をしばらく歩くと、大きな鳥居に穴生徳少年は歓声を上げて走り出した。
「転ぶわょ気をつけて!」
「よーし、父さんも走るぞー!」
走り出した息子を追って父親も参道のじゃりを撥ね飛ばしながら走った。
「お父さんまで・・・しょうがないわね」
買ったばかりのマイカーで日光に家族旅行に来ていた。
駐車場に車を停めて輪王寺の脇の参道を歩き奥の東照宮に向かっていた。その頃に自家用車を持っていたのだから穴生徳少年の家庭は友達よりも裕福な暮らしをしていた。
「これが陽明門だぞ」
「わーっ、すげー!」
穴生徳少年は目の前のきらびやかな細工の陽明門に見とれて立ち竦んでいた。
「この門は、お前の様に日が暮れるまで見とれてしまう人が沢山いるから、日暮の門とも言うんだ」
「父さんは何でも知ってるんだね」
「さあ行くぞ」
英吉は父親に促されて石段を上がった。
「すげー!象もいる。それに?」
「あれは龍、その上のは麒麟だ」
「麒麟?」
金ぴかの細工に穴生徳少年は釘付けだった。
「門の裏にもまだあるぞ」
父親に背中を押されて、頭上を見上げたまま門を潜った。
「お猿さんが三匹いるね・・・こっちには?・・・何これ?」
見た事のない絵に穴生徳少年は聞いた。
「あれは中国の子供で唐子って言うんだ」
「唐子?・・・いっぱいいるね、みんな楽しそうに遊んでる画だろ」
穴生徳少年は父親の顔を見た。
「この陽明門は徳川家光と言う将軍がお祖父さんの家康さんの為に作ったんだよ」
「徳川家康、ボク知ってる!」
「時代劇が好きだもんな」
「徳川幕府の将軍だよね、関が原とかね」
「そうさ、よく知ってるね。偉いぞ」
「でもさ、どうしてこんな可愛い絵がここにあるの」
表側には勇ましい龍や麒麟の豪華な造りに比べて、裏側には猿や楽しそうに遊んでいる唐子の絵が描かれているのか穴生徳少年にはその意味が分からなかった。
「そうだな、父さんが思うにはだ。ここは家康さんのお墓だろ、表は強そうな龍でお守りしますの安心して眠って下さいとお祖父さんにお願いしのさ」
「こっちの子供の画は?」
「子供も大人もみんなで楽しく暮らしましょって思って描いたんじゃないのかな、父さんは思うんだ」
「この絵を見てると楽しいもんね」
「子供か楽しく暮らせる戦のない世の中にしますよってお祖父さんに約束したんじゃないかな家光さんは」
「へぇーっ」
「子供が安心して楽しく暮らせる家を父さんもお前にいつか建ててあげるからな」
「ありがとう」
「どういたしまして、いつになるか分からないけどな」
「でも父さんは本当に凄いね何でも知ってるんだね」
しかし、穴生徳少年の幸せな日常は突然奪われた。
「昔の話だからあんたは知らんかも知れへんが、東京でダイナマイトを使った抗争があったんや」
ヤクザ同士の抗争で爆弾を使った事件が起きた。ヤクザの組事務所が何者かが仕掛けた爆弾が爆破されたのだった。事務所にいた多くの組員と、まったく関係のないたまたま通りかかった一般人がその巻き添えとなり死亡した。
その犠牲者の中に、たまたま車で事務所の前を通りかかった穴生徳少年の両親が乗った車が巻き添えにあった。乗っていた車のガソリンタンクに火花が引火して車は爆発し大破。乗っていた両親は即死。
警察では東京のヤクザ同士の抗争事件と断定して捜査したが犯人は捕まらず事件は迷宮入りとなった。
突然、理不尽にも両親と幸せな暮らしを奪われ穴生徳少年は親戚に預けられたが、厄介者として親戚中をたらい回しにされた。
父親に勉強を忘れるな、そして何でもいい一番になれと言われていた穴生徳少年は父親の言い付け守り、逆境にも歯をくいしばって中学までは耐えて、中学卒業の春に親戚の家を飛び出した。大好きだった両親を奪った東京を捨てたのだ。
「だから穴生徳は東のヤクザが嫌いなのさ。両親を殺した東京のヤクザがな」
「そうだっんですか」
「いつも東京のヤクザが憎いと聞かされた。穴生徳は安穏に暮らしている東京者のヤクザが許せないのさ。まして父親から聞かされていた理想の家に暮らしているヤクザがな。でも親をなくした独りぼっちの家出少年にはその憎いチンピラヤクザになるぐらいしか生きる世界はあらへんかった。流れ流れて流れ着いた東京者の穴生徳をやさしく受け入れてくれた大阪の街に、やっと自分の居場所が出来たと喜んでいた」
「穴生徳は東京生まれだったのですか、そんな事情が」
「その逆にわいが流れ者になって流れついた。皮肉な話や」
「丹波屋さんも、新宿(じゅく)の青龍と言われて・・・」
「それはまだずっと先のこっちゃ。それもいつも病人のような青白い顔してたからやで、青龍なんてそんなものやて」
「そんな事ないですよ」
「まあ、あの頃はろくな物した食べられなかったからな。青龍の名前かて手にいれるまでに流れ者として寂しさを嫌と言うほど味わった。穴生徳の味わった同じ気持ちをな、もしかするとわいの方があいつ以上だったかも知れんな」
「・・・」