プリズンマンション
ある日、街中でチンピラ五人が素人さんに因縁をつけて絡んでいた所に遭遇した彼女は、それを注意して止めさせた。その腹いせにチンピラが、矛先を彼女に変えた。彼女をその筋の組長とは知らずに悪態をついて絡みだした。彼女はあっという間にチンピラをねじ伏せてしまったと言う逸話がある。
「明日もボランティアやるのかい」
「はい、また公園の清掃をします」
「それじゃ、明日も参加するからな」
山本長子は管理組合ボランティア担当の理事で、業界人でも出来る社会貢献実行している。
「いつもありがとうございます」
「なーに、年がら年中暇してるからな」
自分が言い出した住人精神だ。丹波屋伝三は率先して参加している。
「よろしくお願いします」
「お嬢を拝むのも長生きの薬だからな」
「いやですよ変なこと言っちゃー、叔父気」
いつものスーツ姿の違ってボランティア活動の時はジャージの上下に髪はポニーテール。丹波屋伝三の言う通り目の保養になっているらしい。
その時、エレベーターの扉が開いて子犬を抱いた住人が現れた。
「長子ちゃん」
住人は山本長子の名前を呼んだ。
「お蝶さん」
「おゃ、お前の言う通り伝三さんがいたよ。ぴったんこ本当にお利口さんだね」
山本長子の母親の山本蝶子だ。
○○組先代組長で、連れ合いの先々代組長死去に伴いしばらく女組長になっていた元親分だ。
娘と同じマンションの住人なのだが、三○三号室に亭主を亡くしてからも一人で住んでいる。
「丹波屋さん、やっぱりまた娘にちょっかい出していたのかい。駄目だよ長子は人妻だからね」
山本長子の亭主は同業の現役業界人だ。今は服役中。
「お蝶さんの言う通り残念だねまったく。亭主持ちにちょっかいだしたらいけないよな」
丹波屋伝三は照れ隠しに山本蝶子の抱いている子犬に触ろうと手を出した。
その途端、子犬は丹波屋伝三に向かって激しく吠えた。
「おおっこえー、お嬢の用心棒には降参降参」
犬の名前はリキ、オスのチワワ。山本蝶子が可愛がっている唯一の同居人。
「何か用だったの母さん」
「リキがね、表に連れてけって言うの。またお前さんが捕まっているって言うんだよ」
「そうなの、リキはお利口さん」
そう言うと長子はリキのアップルヘッドを撫でた。
確かに丹波屋伝三が言った通り長子に近づく男を追っ払う用心棒だ。
不法侵入者には大胆不適な奴もいた。
大掛かりな防犯システムで、しかも特殊な職業の居住者だけのマンションだと言う事は、仕事柄その業界でも知られているはずだ。
侵入者はそれを承知でこのマンションに挑んできたとしか思えない。
侵入者は隣の空き家になっている家の庭に入り込み、境の塀を乗り越えてマンション敷地に侵入した。隣家のプライバシーを配慮してそこだけは唯一防犯カメラを設置しなかった場所だ。侵入者は前もって下見をして侵入したのだろう。盲点を見事につかれた。
当然だが侵入をする姿をとらえた映像データは無いので侵入場所ここしかない。
目的は空き巣だ。マンション一階北側の一番端にある二一○号室が被害にあった。居住者は都鳥元樹。
もちろんその筋の業界人で○○会○○組の現役組長だ。
都鳥元樹の話では家族で外食に出ていて、部屋のドアの鍵を閉め忘れて被害にあったのだ。
緊急に理事長と防犯担当理事の二○六号室住人の寺津間次に被害者の都鳥が加わって会合が行われた。
寺津間次は○○組系○○商事の現役幹部組員。アメリカの某有名大学出身とちょっと変わった経歴の業界人だ。表向きは○○商事とその筋の代紋はあげていないが、株式会社を隠れ蓑にした経済ヤクザ集団だ。
「やっぱり警察はまずいよ理事長さん」
被害者の都鳥元樹は表だって被害届を出して警察沙汰にしたくない。恥をさらして業界で笑い者になるだけだからだ。
「そうですか、それなら警察に届けを出すのは止めましょう」
理事長の神戸はあっさり了承した。被害届を出せば警察をマンション内に入れて捜査させる事になり、それは避けたい。
「でもこのままと言うことは後々良くないですよ」
都鳥は防犯担当理事長としてこのままで済ましては、以後防犯上でも問題だ。被害にあっても警察は介入しないと窃盗業界に広まるとターゲットになる恐れもある。それにマンション自体のブランド価値にもマイナスだ。
「どうしますか」
「手はあります、先ずは防犯カメラのデータを調べてみますよ」
都鳥は過去の防犯映像データをチェックして、犯人に結び付く物を探す事にした。
しかし、犯行当日のデータには犯人を捉えたものは無かったと、都鳥から理事長の神戸に報告があった。
わざわざ挑んできた犯人だけに簡単に尻尾を掴ませる筈はなかった。それは折り込み済みで寺津は落胆はしなかった。
犯人は自信があって挑んできた。そこに犯人の油断がある筈だと寺津は考えていた。
数日後、都鳥から犯人らしい人物を見つけ出したと報告があった。再び関係者が集まった。
「どんなやつだい、寺津さん」
「それにしても、よく見つけましたね」
「私らにはチンプンカンプンだが寺津さんは専門家だ。さすがだよ」
寺津間次は経済ヤクザでもパソコンなどITを駆使して稼ぐ、最先端を行く有名業界人だ。
寺津は犯行日より前のデータを自分が開発した分析ソフトを使ってマンションの周りを徘徊する人物を分析。顔認識ソフトで怪しい対象者をピックアップ。いくら有能な奴でも侵入するには何回かマンションを下見する必要がある。必ず犯人も何度か下見に来ている筈だ。
数人に絞り込み、対象者を警視庁のデータベースに不法侵入し犯罪者データと犯人対象者を照合した。
「ばっちりビンゴでした、犯人の名前は鼠次郎。業界じゃ有名人ですよ」
寺津は警視庁データベースから失敬した一枚の顔写真を机の上に出した。更に数枚マンション防犯カメラデータ中からプリントアウトした犯人の写真を机に並べた。
「みんな別人に見えるな」
写真の男は服装がそれぞれ違うし、帽子やメガネで変装していて素人目には別人した見えない。
それが犯人の落とし穴だった。
犯人は防犯カメラで写されている事を承知し、通行人を演じてわざと変装の顔をさらしていた。
「いくら変装しても私の顔認識ソフトで一発ですよ」
「凄いですね」
「空き巣犯は、この野郎か。さすがに寺津さんだ」
都鳥は男の写真を憎らしそうに指でデコピンを食らわした。
「これが犯人のプロフィールデータです」
寺津は鼠次郎のデータを理事長に渡した。
「こいつの落とし前は都鳥さんにお任せします」
データを受け取った都鳥元樹は意味ありげにニヤリと笑った。
不法侵入者には大胆不適な奴もいた。
大掛かりな防犯システムで、しかも特殊な職業の居住者だけのマンションだと言う事は、仕事柄その業界でも知られているはずだ。
侵入者はそれを承知でこのマンションに挑んできたとしか思えない。
侵入者は隣の空き家になっている家の庭に入り込み、境の塀を乗り越えてマンション敷地に侵入した。隣家のプライバシーを配慮してそこだけは唯一防犯カメラを設置しなかった場所だ。侵入者は前もって下見をして侵入したのだろう。盲点を見事につかれた。