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このホテリアにこの銃を (上)

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6 ビリヤード



事務室に贈った
バラ300本

花束というには
大きすぎて
君の手には
余るだろうと
想像したし
気も引けたけど

忙しい君を
独り占めした
ささやかな
お詫びとお礼

2度目の
ルームサービスを
ボーイに頼んだ

レオの資料を
待つ間
暇つぶしにこもった
ビリヤード室

前触れもなく
ひょっこりと
現れた珍客は
黒子の君

レオすら知らない
僕の行き先
どこで誰から
聞きつけたやら

君だと気づいた
瞬間に
たとえ頼まれたって
このホテルで君と
かくれんぼだけは
しないと決めた

勝ち目なんか
どう考えても
ありそうにない

おもむろに
君の口から
聞こえてきたのは
通りいっぺんの
バラの礼

それも
贈り主が期待した
嬉しげな顔には
ほど遠かった
心外だった

「事務室は
公の場だから
心苦しい
同僚たちの
手前もある」と

無難な言い訳
淀みなかった

心苦しいのは
ルームサービス?
それとも
贈った主の僕?

「同僚の目が
嫌だと言うなら
埒もない
これからは
自宅に
贈るまでのこと」

ぶっきら棒に
言い棄てながら

ビリヤードの
台いっぱいの
球の配置を
目に焼きつけては
手元のキューを
飽かずに突いた

そうでもしないと
苛立ちが
紛れなかった

あのバラを
半日分の観光の
単なる礼に
チップ代わりに
贈ったと
君には見える?

君ではなくて
他の誰かに
世話になっても
あのバラを
僕がわざわざ
贈ると思う?

スカーフといい
バラといい
ルームサービスなど
言葉のあや

それぐらい
判らぬ君でも
なかろうに

判っていても
最後まで
知らなかったと
言いつづけたい?

僕は所詮
いずれ出ていく
ただの宿泊客だから?

ジニョン

どうして僕が
こうも露骨に
噛みつくか
君には判る?

僕を訪ねて
来ることじたい
少なからず
気が重かったに
ちがいないのに

せめて礼はと
さっそく律儀に
飛んで来た
誠意の塊みたいな君に

僕がどうして
こうまで邪険で
けんか腰に
なるのか判る?

贈ったバラを
期待どおりに
喜んでくれなかった
腹いせなんかじゃ
決してない

女に花を
贈った男の
プライドがどうのと
ふて腐れている
わけでもない

さっきから
君が呼ぶその
「お客さま」って
僕のこと?

そう呼んで
いつまで
敬して遠ざける?

口を開けば
「お客さま」

冗談言おうが
吹き出そうが
次の瞬間
目が合えば即
「お客さま」

人目があろうと
なかろうと
僕を宿舎に
見送りながら
背筋を伸ばして
「お客さま」

いかなる時も
一線を引ける君には
恐れ入るけど

悪いが
客になりたくて
僕はここまで
来たんじゃない

君に
単なる客として
扱われたくて
海まで渡って
来たわけじゃない

「頼むから
これ以上僕を
『お客さま』なんて
呼んでくれるな

これ以上の
他人行儀は
まっぴら御免

それとも僕は
礼さえ欠かねば
他人行儀で
事足りる
数多の客の
1人に過ぎない?

1人の男には
到底見えない?
1人の男と
見てはくれない?」

ビリヤードは
いつしか
そっちのけ

床に突っ立てた
キューにもたれて
不意の難癖
浴びせつづけた

礼を言おうと
やって来たのに
降って湧いた
災難みたいな
言いがかり

口ごもるのが
精一杯で
うろたえて
うなだれて
ドアに向かった
気持ちも判るが

言いたいことを
言い終わるまで
君を部屋から
出す気はなかった

「ソ・ジニョン!」

聞いた自分が
驚いたほど
威圧的な
声だったけど

10歩と行かず
立ちすくんだ
君の背中に

言い残す
後悔だけは
すまいと決めてた

「僕は今まで
勝てると
確信したとき以外
他人と勝負を
したことがない

でも
今回だけは 
考える前に
始めてた

結果なんて
見当も
つかないうちから
君と勝負を
始めてた」

恐怖で
上の空だったか
それとも
聞いて呆れたか

とにかく君は
身じろぎ一つ
しなかった

今この場で
何か返事を
期待しようとは
思わない

物言いが
一方的で
強引すぎるのは
認める

図々しいのも
傲慢なのも
認める

でもジニョン

こうと決めて
手に入れずに
諦めたことは
僕は今まで
一度もない

あくまで
ただの客だと言うなら
拒んでいい
逃げたっていい

でも僕は
絶対に
諦めない

僕が言ったこと
一言一句
額面どおり
受け取ってくれていい

嘘も誇張も
全くない

一言一句
本心だ