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このホテリアにこの銃を (上)

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7 金づち



逃げ出すことしか
頭になくて

ただでさえ
段差だらけで
危なっかしい
プールサイドを
ヒールの靴で
走ろうなんて
考えるから

地に足つかない
後ろ姿が
あっという間に
よろけて揺れた

当然 傾く
君の体に
それでも
間に合った
つもりだった

ものの10メートル
あったかどうか
どう走ったかも
記憶にないけど

確かに君を
抱きとめた
つもりだった

でも
人が背中から
倒れようとする勢いは
思った以上に
激しくて

2人して
あっという間に
水の中

浮き上がりながら
気が気じゃなかった

今しがたまで
泳いでた
僕はともかく
制服姿の
黒子の君は?

人なつっこい
ホテリアが
仕事の合い間に
客を見かけて
ヒールの靴では
ふつう行かない
凸凹だらけの
プールサイドに
立ち寄ってみた
ばっかりに

哀れ不運な
濡れねずみ

何気なく
交わしたはずの
立ち話

一方的に
問いつめられて
いたたまれずに
逃げ出そうとした
ばっかりに

思いもかけない
濡れねずみ

それだけじゃない

水が
大人の
脇ほどもない
まちがいなく
足が地に着く
浅いプールで

見事に沈んで
必死にもがいて

水しぶきとすら
呼ぶのもためらう
途切れ途切れの
微かなしぶきを
パシャリパシャリと
上げながら

ついさっき
話のはずみで
奇しくも明かした
自称 “金づち”

目の前で
君は見事に
証明してた

君の両手が
もがいて上げる
そのとばっちりが
頼りなくて
吹き出したいほど
可愛らしくて

ほんとにクスっと
吹き出した分
肝心の
金づちさんを
救い出すのが
一瞬遅れた

ごめん

抱き上げた君は
生きた心地も
へちまもなくて

手にしたものに
しがみついて
むせ返るのに
精一杯で

とっくに自分で
立ってることにも
気づかなければ

とっくの昔に
僕が体を支えてて
君をしっかり
抱き止めてるのに
気がつこうとも
しなかった

君の
こわばりきってた
腕の力が
緩むまで

君が
目を上げて
恥かしそうに
はにかむまで

今だから
言えるけど
僕も生きた心地が
しなかった

プールに君を
突き落としたのは僕

ほかでもない
あの立ち話

いつかの無粋な
花束の
そのバラの数が
300本だった理由が

君を見初めた
ラスベガスの
あのレストランの
名前だったと
明かしても

だからこそ

いつかまた
行ってみたい
君と一緒に
また行きたいと
水を向けても

君は全く
動じなかった

「帰国なさったら
また行けますね
私はそろそろ
仕事に」と

そつなく
あっさり
はぐらかされた

はぐらかされて
苦笑いして
引き下がるような
軽口叩いた
つもりはない

君が体よく
受け流すのを
聞きたくて
冗談言った
わけでもない

探し当てたと
この女性だと

心が迷わず
見初めた人を
もう一度
見初めた場所に
連れて行きたいと
念じることの
どこがいけない?

生涯の
たった1人と
心が思い定めた君に

見初めた場所で
僕の口から
一生君の
半身でいると
誓いたい

それが悪いか?

「君と一緒に
行きたいんだ」と

「一緒に
行ってくれるか」と

訊かれた君が
うろたえようが
ばつが悪くて
そっぽ向こうが
おかまいなしに
畳みかけた

無理難題に
音をあげて
受け流すのも
しどろもどろの
君に向かって

「一緒に」と

強引に
繰り返した

破れかぶれに
きびすを返した
君の背中が
傾いたのは
その直後

だから君を
濡れねずみにした
非は僕にある

それを
否定はしないけど
ジニョン

もしもう一度
あの場に立てば
僕はまた
必ず君を
問いつめる

たとえまた
プールに飛び込む
羽目になっても
必ず君を
問いつめる

君が首を
縦に振るまで
何度でも
一緒に行こうと
繰り返すはず

とっぷり濡れて
頬にかかった
長い髪
そっと
かき上げてあげながら
心の中で
そんな勝手な
言い訳してた

君さえ
嫌でなかったら
このままずっと
こうしてたいけど

いくら何でも
プールの中で
その濡れねずみの
格好じゃ
そういうわけにも
いかないね

それはそうと
金づちさん

泳ぎは必ず
教えてあげる
近いうちに