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このホテリアにこの銃を (上)

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5 独り占め



(1)

市内観光?
悪くないね

でも案内役は?

勧めるからには
責任持つのが
筋じゃないかな?

“ソウルに疎い
ニューヨーク市民の
韓国人”

事実とは言え
すこぶる便利な
肩書きで

観光に
案内役は
欠かせないと

君を半日
独り占めする
これ以上ない
理屈を盾に

有無を言わさず
言いだしっぺに
同行願った
午後の街中

ソウル観光の
定番だと
真っ先に
連れて行かれた
宗廟(チョンミョン)で

綿菓子片手の
甘いもの談義が
いつのまにやら
横道それて

あの男への
悪口まがいの
君の熱弁
いつ果てるともなく
聞かされた

Mr.バレンタイン

毎年君から
チョコレートを
もらいつづけた
幸運児
少なくとも
去年までは

それがどんな男だか
気にならないと言えば
嘘になるけど
名前など
君の口から
聞く気はなかった

何にせよ
君は無邪気で

隣を歩く
僕の心境
ほんの少しでも
察してくれたら
あれほど呑気に
他の男の話など
できないだろうと
言いたいぐらい

熱弁が
終わる気配は
さらさらなかった

Mr.バレンタイン

羨ましいよ
羨ましくない
わけがない

でも
その男にある
君との過去が
僕には一切
ないからって
ないものねだりを
する気はない

そんなことより

今はまだ
誰のものとも
決まっていない
君との未来を

必ず僕が
手に入れる


(2)

けだるい春の
宗廟(チョンミョン)を
のどかに行き交う
親子連れ

あどけない幼子を
目にするたびに
こみ上げる
息苦しさに
耐えかねて

せめて
紛らしたくて
君の明るい
声に頼った

「子どもは好き?」

子どもが
嫌いな人なんか
見たことないと
君は笑った

そこでやめれば
それはそれで
終わったはずの
他愛もない
世間話

「子どもを棄てる
親もいる」

無意識に
食い下がってた

嫌いで
捨てるわけじゃない
止むにやまれぬ
事情のせいだと

それでも君は
思案気に
とりなそうとして
くれたけど

そんな鬼畜の
肩持つ義理は
僕にはない
血も涙もない
そんな輩に
同情なんか
する気もないと

なぜか無性に
腹立しくて
止まらなかった

「育てられなきゃ
産まなければいい

産んだ挙げ句に
棄てるぐらいなら
せめて心中
しろと言いたい

子を棄てて
どの面下げて
親だけのうのうと
生き延びる?」

きょとんとするしか
ない君に
八つ当たり気味の
自分の声を
無理やり抑えて
黙ったあのとき

「言うことが
父とそっくり」

僕の理不尽な
癇癪が
心地良かろう
はずもないのに
おくびにも出さず
笑った君の
“父”の一言に
はっとした

祖国が
鬼門である理由

小さな子どもを
まともに
直視できない理由

“父”という言葉に
凍りつく理由

あのとき
君に話す自信は
まだなかった


(3)

1分1秒でも長く
堂々と君を
独り占めできるから

帰りの夜道の
大渋滞にも
内心大いに
感謝したけど

道中とはいえ
曲がりなりにも
夕食に誘った
男から
行きたい店は
ないかと訊かれて

ファストフードの
店なんて
年頃の女性なら
口が裂けても
ふつう言わない

それにもまして
男の前で
恥じらいもなく
大口開けて
ハンバーガーに
かぶりつく
年頃の女性も
君が初めて

間近で眺める
君の仕草は
いや格闘は
実に必死で
豪快で

ついつい
笑いがこみ上げて
僕は何回
下を向いたか

ハンバーガーひとつ
後生大事に
握りしめ
あれほど夢中で
味わう女性を
君のほかに
僕は知らない

店を出かけて
空を見上げる
君の隣で
はたと気づいた
本降りの雨

羽織りかけてた
トレンチコート
頭の上から
君にもかざして
行こうと
黙って促した

即席の相合傘と
僕の顔と
ぎこちなく
ほんの一瞬
見比べて

腹を決めたか
楽しげに
駆け出す君を
“傘”で包んで
走りながら

もっと遠くに
車を止めれば
よかったと
大人げもない
欲に笑った

君を下ろした
家の前で

本当は
半日の礼を
言いたかったけど
言うべきだとは
わかっていたけど

あの場で
あれ以上
長居したって
君の立場が
悪くはなっても
良くなることは
決してないと
一目瞭然だったから

せめて
一刻も早く
立ち去って
あげたかった

傘代わりの
トレンチコートは
君に預ける

おやすみ
ジニョン

今日は本当に
楽しかった