このホテリアにこの銃を (上)
4 フランス料理と安うどん
昼どきに
フランス料理に
君を誘った
僕の意図
察しない年でも
あるまいに
やんわり固辞して
代わりに君が
連れ出したのは
5分で客が
入れ替わる
裏通りの
大衆食堂
安うどんが
あっという間に
絶品に早変わりという
食べ方を
伝授しながら
そんじょそこらの
パスタなんか
足元にも及ばないと
口とがらせた
かと思えば
僕が泊まる
ヴィラなんか
贅沢すぎて
ひと月分の給料を
はたいたって
泊まれやしないと
あろうことか
客に向かって
安月給を
愚痴ってみせる
でも
君の言葉尻には
嫌味やねたみの
かけらもなくて
引き合いに
出されたはずの
客本人は
気分を害する
ことすら忘れて
気がつけば
愚痴の聞き役
「何から何まで
客第一の
ホテリア稼業
横柄な金持ち客に
年がら年じゅう
ふり回されて
辛くはないか」と
意地悪く
訊いてみたって
どこ吹く風
「私が生きてる毎日も
ときどき感じる幸せも
ご大層な
ものではないけど
誰にも取ったり
できないでしょ?
日々の
平凡な幸せは
お金持ちが
巨万の富を
積んだからって
買えるものとは
思わない」
卑下もせず
外連味もなく
あまりに
あっけらかんとして
鉄槌食らった
気分だった
1ウォン単位の
相場の上下に
一喜一憂
くりかえしながら
億兆単位で
企業に値をつけ
右から左へ転がして
上前はねる
我が生業(なりわい)
告げてもいない
僕の職業
いつの間に君に
見透かされたろう?
ラスベガスでは
君の言動の
無鉄砲さが
物珍しく
一面識もない君の
僕には未知の
その価値観が
新鮮だった
以来
君のくり出す
次の一手は
やることなすこと
予期に反する
ことだらけ
そのたびに
僕は苦笑い
目が行くたびに
裏切られ
裏切られると
わかってるのに
耳傾ける
今では君に
裏切られること
そのことじたいが
心地よく
内心次が
気になる始末
僕が馴染んだ
常識とは
君はあまりに
相容れなくて
僕が住んでた
世界には
まずまちがいなく
いなかった人種
「もう昼休みが
終わっちゃう」と
血相変えて
走り去る
黒子の背中を
見送る僕は
今にも転ぶと
気が気じゃないのに
当の黒子は
小走りの
足も止めずに
ふりむきざま
「ごちそうさま!」と
声張り上げた
大好物の
給食終えて
ご満悦の
子どもみたいに
元気よく
お辞儀しながら
おごったなんて
気が引けるほどの
安うどん1杯に
礼を叫んだ
猫もかぶらず
シナひとつ
作るでもないのに
目が
君から離れない
何でだろう
作品名:このホテリアにこの銃を (上) 作家名:懐拳