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このホテリアにこの銃を (上)

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9 眠りに堕ちた司祭



夜明け前
市場が終わる直前の
NY狙って
攻勢かけた

ホテルの株を
予想以上に
首尾よくせしめて
一息ついた
その勢いで
今日と決めた

そろそろ潮時

言いそびれてた
僕の正体
僕がソウルに
しに来た仕事

もういいかげん
打ち明けよう

着々と進む
買収作業
そして何より
僕がその
請負人だと
いう事実

ソウルホテルの
買収を
斡旋してると
明かしたところで
損害なんか
1ウォンだって
君に与えは
しないのに

なぜだろう
言おうとするたび
気が萎えて
言おうとしては
口をつぐんで
ここまで来た

だけど今日
あそこでなら
きっと言える

東雲の
靄の彼方で
悠々とうねる
漢江(ハンガン)に

ヴィラの窓から
内心強気で
そうつぶやいた

夜勤明けで
遅番なら
まちがいなく
眠りも深い
いま時分

顔出しかけた太陽を
追い越しそうな勢いで
君のマンションの
真ん前に
車で勝手に
乗りつけた

眠ってる
女性相手に
たった5分で
出て来いと
電話する僕も
僕だけど

例によって
気どろうとか
媚びようとかいう
欲なんか
これっぽっちも
湧かないらしくて

無造作に
髪を束ねて
ジーンズにシャツの
ラフな姿で

ほんとに5分で
いや4分で
すっ飛んで
出てきた君が
不憫やら
いじらしいやら

朝早い教会は
思ったとおり
祈る人など
数えるほど

何もかも
見透かされそうな
森閑とした
礼拝堂の
ひんやり固い
木の椅子に
君の手を引いて
並んで座った

さぞかし
面食らったろうね

寝ぼけ眼で
こんな所に
予告もなしに
連れて来られて

でも
ここしかなかった

自分の仕事を
明かすのに
どうしてこうも
気が咎めるのか
曰く言いがたく
後ろめたいのか
ずっと狐に
つままれてた

神様に
背中を押して
ほしかった
神様の力を
借りてでも
明かす勇気が
ほしかった

「懺悔するほど
罪深いの?」

止まないあくびを
かみ殺しつつ
君は笑って
訊いたけど
それもあながち
嘘じゃない

でも
余人をもって
代えがたい
懺悔の相手と
頼りにしていた
となりの司祭は
苦もなく
睡魔に魅入られて

僕の真似して
手を組み合わせて
祈りの格好を
したのも束の間

マンハッタンで
僕が通った
教会の話を
始めたとたんに
相づち代わりに
倒れてきたのが
君の限界

突然枕に
選んでくれた
光栄なる右肩の
寝心地ぐらい
聞かせてくれても
よさそうなのに

君はとっくに
熟睡の域で
マンハッタンの
あの話が
子守唄に
なったかどうかも
怪しいかぎり

寝顔を
のぞき込もうにも

枕ひとつに
上半身の
重みの全てを
のん気に預けて

頭と言わず
肩と言わず
力なく
ふらついて
今にもがくんと
くず折れそうで

危なっかしくて
見てられなかった

背中ごと
肩を抱えた

枕でなくて
揺りかごに
してあげたかった

好きなだけ
眠っていい

君が自分で
目を開けるまで
何時間でも
こうしてる

だから
好きなだけ
眠っていい

ついさっきまで
当直だったと
知りながら
電話1本で
叩き起こした

今すぐ着替えて
下りておいでと
一方的に
呼び出した

顔を見るなり
行き先も言わず
車に乗れと
君を急かした

とにかく
君を連れて
教会へ

それしか頭に
なかった僕の
傍若無人な注文に

君なら
笑って応じると
君なら必ず
応じてくれると
勝手に
決めてかかってた

虫がいいにも
程があるけど
勝手に信じて
かかってた

果たして君は

小気味いいほど
あっけらかんと
そのごり押しに
従ったけど

いざ十字架の
前に座った
この期に及んで

懺悔につき合う
司祭の役を
務めてなんか
くれるどころか

並んで座った
隣の男が
後ろめたさに
嫌気がさして
自分の正体
明かす機会を
今か今かと
うかがってるのに
どこ吹く風で

まさにその
勝手な男の
肩にもたれて
あっという間に
夢の国まで
行ってしまえる
度胸の良さで

君をさんざん
振り回したはずの
僕が今
腕に抱えた
君の寝顔に
なす術もない

誰にも
邪魔されない場所で
こうして一緒に
いられる不思議に
おののきながら

額にそっと
口づけた

見てることすら
苦痛なくらい
幼子みたいに
あどけない
寝顔の額に
口づけた

揺りかごの揺れが
君の眠りを
覚まさぬように

そのことだけを
祈りながら

神様

ひょっとして
彼女の眠りは
身勝手な
僕への罰?

神様あなたは
ひょっとして

僕の卑劣な告白を
彼女に聞かせたくなくて
眠りの国に
誘われた?

物言わぬ
司祭の肩を
じっと抱えて
十字架見上げる
僕の目つきは
さぞ
険しかったに
ちがいない

待てどくらせど
神様からの
答えは
聞こえて来なかった

突然鳴った携帯に
君が一瞬で
跳ね起きたのが

眠りに堕ちて
5分後だったか
1時間以上
過ぎていたのか

時計を見るまで
わからなかった

まどろむ君の
体温を
肩にも腕にも
感じながら
望んで石と化してた
ひと時

もちろんそれは
告げるべき正体を
またしても
告げそびれた
痛恨のひと時でも
あったけど

行こう

ホテルからの
呼び出しなら
知らんぷりは
できないね
行かなくちゃ

こうしていつも
君をホテルに
奪われる