このホテリアにこの銃を (上)
「お客さま」
もういいかげん
返上して
名前で
呼んでもらうのも
いずれ劣らぬ
難題だけど
真正面から
挑んでみよう
かすかに聞こえる
優しい調べが
勿体なくて
踊りたいと
欲が出たのも
本音なら
君には名前で
呼んでほしいと
思いつづけて
いるのも本音
本音は隠さないと
決めた以上は
遠慮もしない
がまん比べだ
「僕を名前で
呼んでみて」
5歩6歩
後ずさりして
諦めて
見るからに
根負けの体では
あったけど
かろうじて
僕の名前を
つぶやいた声は
客相手の
ホテリアの
それではなくて
おずおずと
ためらいがちな
素のソ・ジニョンの
声だった
これ以上
後ずさり
させたくなくて
君の背中に
右手を当てた
この手は絶対
緩めないから
逃げ出そうなんて
思っても無駄
逃げ出そうにも
君の力じゃ
たぶん無理だと
手の力だけで
伝わるように
黙って強く
引き寄せた
怯える君を
強引に
今 考えても
お世辞にも
踊ってたなんて
代物じゃない
2人して
音に任せて
揺れてただけ
真夜中に
軽薄すぎたと
君は恥じ
バラごときでと
自嘲したけど
そして
おっちょこちょいで
取り柄もないと
目を伏せたけど
そんな卑下は
聞きたくない
ほんとうの君は
僕が知ってる
自分を飾らず
ありのままに
生きられる君が
うらやましい
耳元でそう
ささやいたら
無防備をもって
身上とする
君に似合わず
珍しく
その顔に
半信半疑だと
書いてあって
本心かと
僕に訊いたね
本心だと
言葉で言っても
足りない気がして
答える代わりに
腕で包んだ
腕の中に
すっぽり収まる
華奢な君が
自分からそっと
体を預けて
くれたから
言葉代わりの
僕の返事は
伝わったんだと
信じたかった
ジニョン
言いそびれてた
東海(トンヘ)からの
メールの中身
--5分でいい
君と2人きりでいたい
誰にも邪魔されずに
君を抱いて
いや
僕が抱かれてもいい
2人きりでいたい--
そう書いた
笑わないで
ほんとだよ
作品名:このホテリアにこの銃を (上) 作家名:懐拳