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十二月九日

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 オリエンテーリングはキャンプのメインイベントで、湖の周囲5キロほどに隠されたいくつかのチェックポイントに次のチェックポイントを示すヒントが書かれた紙が隠されていて、それを解きながら進んで行くというゲームだった。とても楽しかった。美しい湖や森の風景、謎解きのちょっとしたスリル。キャンプ自体もこのオリエンテーリングが終われば終わってしまう。色々あったけど最後は楽しくやろうという雰囲気が自然にみんなから感じられた。でも僕が綾子にしてしまったことが、おそらくみんなの記憶を少し変わったものにしてしまったのではないかと思う。
 綾子には持病があった。キャンプに参加できるぐらいだからそんなに深刻なものではなかったと思うが、毎日決められた量の薬を飲まなければいけなかったらしい。オリエンテーリングの日、綾子は朝から体調がよくなかったのに最後のイベントということもあり少し無理して参加していたようだ。
 オリエンテーリングには女子大生の方のリーダーがついた。綾子の体調が悪くなっても女性の方が面倒を見やすいという配慮だったと思う。男性の方は参加していなかった。多分、チェックポイントの準備などを担当していたんだろう。
 スタートしてしばらくはちゃんと集団として歩いていたが、一つ目のチェックポイントを通過した僕らは、早くも謎解き付きの遠足に夢中になっていた。勢い歩くスピードもどんどん速くなる。ほとんど小走りで次のチェックポイントへ進もうとする男子に、女子から文句が出た。綾子ちゃんがついてこれないでしょ、と言うのだ。そこで僕らはリーダーから綾子はあまり体が丈夫でないのだ、というようなことを聞いた。そう言われたら男子も勝手に急ぐわけにはいかなくなり渋々綾子のペースに合わせて歩くようにした。綾子は少し泣きそうになりながらみんなにごめんね、ごめんね、と言っていた。
 しばらくそうして歩いていたが、やっぱり徐々に男子と女子、リーダーといっしょに一番うしろを歩く綾子、と分かれるようになってしまう。女子は時々立ち止まって綾子を待つが、少し経つと自分たちのおしゃべりに夢中になってまた差がつく。男子も、うしろを気にしつつも気持ちが逸っているのでだんだん先に行ってしまう。
 僕は、少し立ち止まって女子をやり過ごし、綾子を見た。真っ白な顔に汗で濡れた髪がくっつき、他のみんなとは明らかに違う真剣な表情でまっすぐ前を見て歩いている。その姿はなにかとても強く僕の心を打った。未だにうまく言えないが、焔君を置き去りにしたあの夜の気持ちと正反対のものが、懸命に歩く綾子を見たときの僕の心を満たした。
 僕は綾子を見つめたまま立ち止まっていた。近づいて来た綾子と目が合う。慌てて目を逸らす。
 「なあに、待っててくれたの―?」とリーダーの女子大生が言って、二人も立ち止まる。僕はなんて答えればいいのか分からなかった。また綾子と目が合う。
 「荷物、持つよ」と僕は綾子に言う。二人だけだったら、綾子は断っただろう。その方がよかった。
 「おお、優しいじゃ―ん。男らしいね―。綾子せっかくだから持ってもらいな―」綾子が返事をする前に女子大生がそう言って、さっさと綾子がしょっていた小さいリュックをおろさせ、僕に渡した。
 「いいの?」
 「うん」
 「ありがとう」ほんの少し笑って、綾子は小さい声でそう言った。綾子と僕が直接話したのはそれが初めてで、そしてそれが最後だった。
 リュックを受け取った僕はそれ以上何を話していいかも分からなかったし、恥ずかしかったせいもあってすぐに先を歩く男子のところに戻った。綾子のリュックは小さかったがけっこう重くて、手に持ちにくかったので自分のリュックに詰めた。
 それから次のチェックポイントを通過したあと、小休止をとることになった。リーダーが担いでいたクーラーバッグから紙パックのジュースが配られ、僕らはそれを飲んだ。オレンジジュースだったと思う。長い距離を歩いてきたので、とても美味しかった。
 十分ほどの休憩が終わり、みんな立ち上がって歩き始めたときだった。誰かが横に広がる林を指差して、あ、リスがいた!と叫んだ。全員が色めき立って林の中を覗き込むが、誰も見つけられない。
 「どこどこ?」「見間違いじゃないの?」 「ほんとだって!あの木から降りてきてたんだよ!」「何色?」「黒っぽかった」
 そんなやりとりがしばらく繰り返されたあと、
 「よし、じゃあ5分だけ、みんなでリスを探そうか。5分だけだよ!あんまり奥に行かないでね」リスの出現で動かなくなった子供たちの様子をみて、女子大生のリーダーがそう言ってくれた。僕たちは歓声を上げ、林に入りリスの捜索を開始した。
 すばしっこい野生のリスが本当にそこにいたとしても簡単に見つかるとは思えなかったけど、リス探しは狩りをしてるような気分で楽しかった。最初に見つけた子が、リスが木から降りていくところを見たということはリスは一旦地面に降りたけどその後また違う木に登ったはずだ、と僕は推理した。リスは大体木の上にいるもので、ずっと地面にいるようなイメージはなかったからだ。みんなは第一発見者の子が指差した木の周りを探していたけれど、僕はその周りの木を一本一本見ながら林の奥へ入って行った。
 林道から二十メートルぐらい林の奥へ入ったところに太い杉の木があって、枝の上で何かが動いたような気がした。目を凝らしてもう一度見る。枝の根元にリスがじっとしているのが見えた。思ったより大きく、濃い茶色のシッポを背中から頭ににかぶせるように乗せていて、まるで鬣みたいに見える。耳は周囲の気配を窺うようにピンと立って、真っ黒な目が僕を見ているような気がした。僕は興奮してみんなを呼ぼうと思ったが、そんなことをしている間にリスは逃げてしまうだろう。そのとき林道から「あと一分で―す」とリーダーの声が聞こえた。みんなを呼ぶことは諦めたが、僕はリュックの中に使い切りカメラを持っていた。絶対にリスを写真に撮りたい。
 できるだけ音を立てないようにゆっくりリュックをおろし、足元に置いてジッパーを開け、樹上のリスから目を離さずにリュックの中を手で探った。でもなかなかカメラを掴むことができない。確かに入っているはずなのに、中の荷物をどれだけかき回してもカメラがない。仕方なく視線をリスから外してリュックの中を見る。綾子のリュックやらタオルやら水筒やらがゴチャゴチャ入っているためによく分からない。リスに視線を戻すとまだ枝の上でじっとしている。でもいつ逃げてしまうか分からない。僕は焦ってリュックの中身を全部放り出してカメラを探した。それでもカメラは見つからない。あっと思って側面のポケットを探るとカメラはそこに入っていた。よし、と思って枝を見上げると、リスの姿は影も形もなくなっていた。
作品名:十二月九日 作家名:フガジ