電話の中
8 宮
家に戻ると、テーブルの上で、てんぷらが湯気をたてていた。
「宮?」
と声をかけるが返事がない。荷物を置いて、電話をかけてみた。
「宮?」
「あ、おかえり」
「いや、ただいま。今どこ?」
「駅にむかってる。喫茶じぇろにも の前」
「そうか。テンプラ作ってくれた?」
「うん、まあ。宅配食材の献立がテンプラだったから」
「宅配? ま、いいや。でも、一緒に食べたかったな。っていうか、玄関開いてた?」
「玄関が駄目なら窓を使えばいいじゃない?」
「そうだね。珍しく鍵なんて掛けて出かけちゃて。悪かったよ」
「あ、そういうの室崎君らしくないよ」
「知ってたくせに」
「っていうか、分かったっていうか」
「そうか。幻滅した?」
「そういう質問をされると、少しね」
「厳しいね」
「私も一緒にテンプラ食べたかったな。うまく揚がったんだ。温度設定できないコンロでテンプラ揚げたの始めてなんだ」
「ふっくらと上がっていて、衣も厚からず薄からずで」
「本当? よかった」
「本当さ。あ、じぇろにもだよね」
「そう。今通過した」
「もし時間があったら、その先の三叉路をちょっと寄り道して、写真とっておいてくれると助かるんだけど」
「時間。電車が何時にくるのかによるんだけど」
「え? 時間見てなかったの? 駄目だよ。ここは都心じゃないんだから。この時間の上りなら、各駅がもうすぐ来るけど、それは30分後にくる快速に抜かれるんだ。その快速は、一つ向こうの駅が始発だから、そちらへぶらぶら歩いていって、通りすがりに写真を二三枚とっていけば、丁度座っていけるはずだよ」
「ふぅん。で、どこでどんな写真を撮るの?」
「火事の現場なんだけどね」
「ああ。あの事件の…」
「なんだ。知ってたの?」
「夕刊にのってたよ。大きな写真入りで。原因不明の爆発だって」
「うち、夕刊とってたっけ?」
「でも、来たのよ。間違いなの?」
「何新聞?」
「知らない」
「どこに置いた?」
「もう無い」
「なんで無い?」
「油を吸わせたから」
「この、てんぷらかぁ」
「そう。あ、荷物少し置いていくけど、いいよね?」
「避難指示は解除になったの?」
「いいえ。指示は勧告に格上げされたの。それでもう少し荷物をとりに。いいでしょ?」
「そうか。じゃ、だんだん、生活感が溢れてくるね」
「ええ。一つのコップに入っている赤と青の歯磨き粉、なんていうあたりには、もう濃厚に漂ってきていたかな」
「君も変わろうと努力しているんだね」
「違うわ。私は変わらないように努力しているの」
「そうだね。君は昔から、何も変わっていない」
室崎はそういって、電話を切ると、彼女のあげたテンプラをゆっくりと食べた。それから、流しに残された凄まじい料理の跡に正対して立つと、大きくため息をついて、それから、コーヒーを入れた。