夕方の星が煌くように
沈黙が続くと、僕はボートから彼女のグラスへと目を移した。
彼女のウォッカトニックのグラスに水滴が無数に付いている。そのどれもに砂浜と海の風景が映りこみ万華鏡のように綺麗に見えた。
涼しい風が舞い、彼女のコロンの匂いがした。柑橘系の確かこれはグレープフルーツの・・・。
「ねえ、その匂いって前からだっけ?」僕は彼女の方に向いて言った。久しぶりにちゃんと彼女の顔を見る。彼女も美人だ。涼しい目元に細い鼻筋、そして長いカールがかかった髪。昔と変わっちゃいなかった。
彼女は昨日別れた元カノの、も一つ前に付き合っていた。3ヶ月ほどだった。
あっさり付き合い、あっさり別れ、友達感覚の恋愛だった。彼女にとってはどうか知らないが。
「そうよ。思い出した?」
「いい匂いだよな」
「好きだったわねこれ。だからつけてきたのよ」
「普段は違うのか?」
「ええ、もっと女の色香が香るやつ」
「女の匂いっていいな・・・」
「えっ、いつも嗅いでるんじゃないの?前の彼女は?」
「・・・・そういや思い出せない。あんまり香水とかつけてなかった。そういや昨日はしてたな。あれは他の男用だったのかな・・・」
「未練がましいわね~。どれだけ昔の女を語るわけ?」
「昔の?そうか・・・・もう、昔か」
「彼女だってとっくに新しい男、出来てるわよ。別れるくらいなら。女は別れようと考えついたら他の男を探し始めてるの。したたかなのよ女は。知ってるでしょ?」
「知ってたけど忘れてた」
「思い出しなさい。女はしたたかだって」
「そうか、なんか悲しいね」
「そう思うのはあなたがロマンチストだからよ」
「ハハッ、昨日の彼女もそう言ってた。どうも女はリアルすぎる」
「私が今、何考えてるかわかる?」
そう言うと彼女は水滴についたグラスを手に持つと、氷が溶けかかったカクテルを飲んだ。
僕はやっと呼び出した彼女に興味を見せた。まじまじと見た。化粧顔が綺麗だ。
ちょっとすました顔で僕にいい顔を見せようと笑顔を作る彼女が可愛い。
40代後半の女性は大人の色気と人生の疲れが見え、ちょうどいい具合にミックスされてる。多分、女として一番旬な時期なんだろう。
「わからない」
「考えてないでしょ?」
「・・・悪かった。ちゃんと考える・・・・。う~~ん、今夜何処に泊まるか心配してるとか?」僕は笑いながら質問をはぐらかした。
「バカね。寝ないわよ。ホイホイ呼び出されて、パッパカ脱いじゃったらただの馬鹿女でしょ」
「そうかな~」僕はますます笑いながら彼女の言葉に反応した。面白いことを言う女だ。
「実はね、私をあっさりふった男が急に呼び出すなんて、きっと寂しいに違いないと思ったの。ねっそうでしょ・・・。そしたら、まんま落ち込んでるんだもん。なんだか、ちょっとがっかり。かっこ良く別れたなら、かっこ良くいなきゃ」
「・・・・・きついこと言うな。カッコ悪いか?」
「うん、全然、よくない」
「そうか・・・・悪かったな」
僕は一度、席から立ち上がり背筋をちゃんと伸ばして。ポロシャツの襟を綺麗にしてテーブルデッキの椅子に座り直した。今度はちゃんと彼女と向き合った。差し向かいに背を伸ばして座り、彼女の目をちゃんと見て話すことにした。
なんだか別れた女を振り切れた気がした。目の前の彼女をちゃんと見よう。
作品名:夕方の星が煌くように 作家名:海野ごはん