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ベイクド・ワールド (下)

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「知るべきことはたくさんある。しかし、僕が教えるよりも、もっと多くのことを教えることのできる人物がいる。いや、彼は人とは言えないかもしれないが」とムシカは言った。「カサイという男だ。駅前にポークパイハットを被って黒スーツを身に着けている、まるで頭が狂ってそうな爺さんだ。彼はこの街についていろいろなことを知っている」
 僕は驚かずにはいられなかった。ムシカはあのチビと大男の警察官に職務質問を受けていた初老の男のことを言っているのだ。
「彼はいったい何者なんだ?」
「それは、僕にも分からない。しかし、分かることといえば、彼はずっとこの街の管理人であるということだ。静岡駅の地下には大きな倉庫がある。地下道の壁に分厚い金属製の扉があるはずだ。そのなかにある倉庫を管理するのが彼の役割だ。その役割については彼から直接聞いてみるといい」ムシカは一度、言葉を切った。「それに、彼はすべてを知っている。つまり、『沙希がシンセカイを書いたこと』も、『僕がムシカであること』も、そして『シンセカイが焼かれて、君たちはベイクド・ワールドという世界に遷移したのではないかと<勝手に>思い込んでること』も。何もかもだ。まあ、詳しくは彼から聞くことだな。彼ならきっと、いろいろと教えてくれる」
 彼はベイクド・ワールドについても知っている。そして、それらを教えたのは、あのポークパイハットなのだ。僕はもはや自分の身で何が起きているのか分からない。ただただ混乱するより他ならなかった。
「僕も、カサイのもとでいろいろと行動している。これからは本当の協力関係になれそうだな。アルビナとムシカ、宇宙に行けず生き残った犬と、宇宙に行き死んでしまった犬。いずれもクドリャフカのように栄光を与えられなかった哀れな二匹の犬だ。仲良くしようじゃないか」ムシカはそう言って、僕に手を差し出した。僕は手を差し出さず、無視をした。
 ムシカは手をゆっくりと戻すと、くすりと笑った。「まあ、君とはまた会うだろう。とりあえず、君は沙希を連れて、二人でカサイから話を聞くことだ。行けば、彼はきっと気がつく。君が『アルビナ』であり、沙希が『軸』であることをね」そう言って、ムシカは僕の横を通り抜け、階段をおりていった。僕は彼をそれ以上追うことも、声をかけることもできなかった。ただ、かたかたと錆びついた金属製の階段を踏みしめる音を聞いているだけだった。僕はしばらくその場所に立ち尽くしていた。気がつけば、空から聴こえる音楽は鳴りやんでいた。
 僕は沙希を連れてカサイに会わなければならない、と心のなかで呟いた。もはや、やるべきことは限られている。いや、やるべきことではなく、できることが限られているのだ。