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皆見 さつき
皆見 さつき
novelistID. 51872
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瑠璃色の夏休み

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「一姫さまが……」
「今はさくや姫さまがお付きで……」
 部屋の外が普段より騒がしく、白尋は顔を出してみた。女官たちがせわしなく話をしており落ち着きがない。いつもは皆が音を立てぬように気を遣っている宮中で、今日のような騒ぎは異常とも言える。部屋から眺めているだけでは何が起こったのか全く分からないが、「一姫」と聞こえたので祖母に何かが起こったのだ、ということは察した。宮中で「一姫」と呼ばれるのは他にいない。
 白尋は部屋から抜け出すと、祖母の部屋へ向かった。祖母の部屋はこことは別の邸に存在する。ここは白尋や父の帝、母、そして父の妹などが暮らしている邸であり、祖母は別の邸に暮らしている。
 祖母の暮らす邸に入ると、騒ぎはなく静まり返っていた。何事もなかったのかと思いながら祖母の部屋に入ると、祖母の寝台の横には深刻な顔つきの父と叔母、母に医師がいた。白尋に気付いた母が、さっと側までやって来ると、父や叔母も白尋に気付いて顔を上げた。
「白尋、なぜここにいるのですか」
「母さま、お祖母さまに何かあったと聞こえて……」
 そう白尋が言うと、母だけでなく父と叔母も厳しい表情になった。
「女官がそう言ったのだな」
「はい、部屋の外でそう話していました」
 普段めったに会うことのない父に厳しい顔付きで問われ、白尋は硬直しながら答えた。
「私から厳重に注意をいたしましょう」
「女官ならず、他の者にも厳重にな」
「はい」
父に命じられて叔母が頭を下げる。
「あの、母さま……お祖母さまは?」
「なんでもありませんよ。いつもより少し長く眠っておられるだけです」
「まだ眠っているの?」
 もう一日が終わろうとしている。もうすぐいつもの祈りの部屋に祖母が現れる時間だ。祈りの時間になれば祖母は起きるのではないか。そう思ったが、あれは祖母にとって大事な時間だということだけは理解していた白尋は、父や母にそう言うことはできなかった。
「お疲れのご様子なので、お祖母さまはしばらくの間お休みになられます。お元気になられるまでの辛抱ですから、お祖母さまがお目覚めになるまでの間はこちらに来てはいけませんよ」
そう母に諭され、嫌とは言えずに黙って頷くと、そのまま母に手をひかれて自室へと連れ戻された。
 あれからもう何年も経つが、祖母は一度も目を開かなかった。祖母はどうやら体調が悪いのではなく、魂が体から離れてしまったらしい。祖母の魂がどこへ行ってしまったのか、随分と議論されたようだが白尋には魂が離れたと聞いた時からぴんと来ていた。
 瑠璃の星だ。
 瑠璃の星に大事な人がいると言い、毎日のように祈りの部屋から瑠璃の星を眺めていたのだ。他に祖母の魂が行くところなどないに等しい。
父たちが集まって開いている会議でもようやくその結論に至ったらしい。どのように祖母の魂を連れ戻すかについて毎日話し合われている、と叔母から聞いた。誰かがあの星へ向わなければならない。その役が誰になるかで揉めているに違いない。瑠璃の星は信仰の対象だが、罪人の星であり死の星である。普通の人は誰も行きたがらない。
 白尋は祖母の部屋に向かった。以前は近寄ってはならないと口うるさく言われたが、現在は誰にも咎められない。祖母の部屋の周りに誰もいないのだ。
 祖母が長い眠りについてから、「一姫の呪い」と呼ばれる病が月中に発生している。男児が生まれなくなるというもので、月では深刻な問題となっていた。月ではもともと男児を生める者は極めて少なく、男児を生める者のみが宮仕えを許された。生まれた男児は宮中で成人するまで大事に育てられ、成人後初めて宮中から出ることを許される。ところが祖母が目を覚まさなくなってから、ぱったりと男児が生まれなくなってしまったのだ。解決策は見出せず、祖母の目が覚めるまで続くと思われる。今では女官たちが怖がって誰ひとり祖母の部屋に近づこうとはしなかった。
 祖母の部屋に入ると、寝台の側に腰を下ろした。明りを落とされた暗い部屋で、寝台から垂れ下がる薄い目隠し布だけが淡く光を放っている。その布をめくると祖母の姿が現れる。祖母もまた淡く輝きを発している。この力は白光(はっこう)と呼ばれ、この輝きを放つ者が月では帝としての力を持つ。現在光を発するのは祖母と父、そして白尋の三人のみだ。母も叔母も光らない。
 皇族として宮中に残れるのは白光の力を持つ者と、男児を生むことのできる者のみで、他の者は帝の血を引くものであっても皇族は名乗れない。宮中を出るか、宮仕えをするかのどちらかしかない。白尋にも兄弟はたくさんいるが、兄たちはほとんどが宮中を出てしまい、残った者も誰が兄なのか全く分からない。姉のうち宮中に残れた者も兄同様誰が姉か知らない。

作品名:瑠璃色の夏休み 作家名:皆見 さつき