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皆見 さつき
皆見 さつき
novelistID. 51872
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瑠璃色の夏休み

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「お祖母さま」
 そう声をかけても身動きひとつない。そう分かっていても、声をかけずにはいられず、この部屋に来るたびに祖母に話しかけてみる。
 ほんのわずかに上下している胸から、きちんと生きているのだと知ることが出来る。しかし、じっと観察していなければ気付けるものではなく、人形のようだった。祖母の容姿の美しさが余計にそうさせているのだろう。
 宮中に入ることが許された者のみ、「不老長寿の薬」を使うことができる。この薬を使うと寿命が延び、薬を飲んだ時の姿から老いが止まる。そのため宮中の人々は皆成人したときの姿のままだ。寿命が長く、子供もなかなか生まれないため、月に子供はほとんどいない。高齢な人ばかりが宮中を占めているが、その中でも祖母は異常なほど高齢だった。祖母と同じ世代の人は一人もいない。
「白尋、ここで何をしているのです」
 突然の声に振りかえると、叔母が立っていた。
「お祖母さまのおかげんに変わりは無いかと、様子を窺いに……」
「お母さまはとてもご高齢ですから、このまま目を覚まされないかもしれませんね」
 祖母を見つめながら叔母が小さくため息を吐いた。
「もし本当にそうなってしまったら、呪いだと言われている病はどうなるのでしょう?」
「わかりません。医師はお母さまの眠りについても、流行り病についても、原因がわからないと言っていますから」
「流行り病は、本当に病なのでしょうか」
「それもわかりませんね。医師は違うのではないかと言いますよ。私も、そうは信じたくないですけれど……」
「皆の言う通り、お祖母さまの呪いなのかもしれませんね……」
 白尋の言葉に、叔母は何も言わなかった。
 叔母は白尋の父の双子の妹だ。祖父母の高齢になってからの子であり、二人の唯一の子供だった。父と叔母ももう高齢の部類に入る。叔母の言う通り、かなり高齢な祖母はもう目を覚まさないのかもしれない。
「過去にも、これほど高齢になった者はいないのです。誰にも、長く生き過ぎるとどうなるのかわかりません。目を覚ますのか、このまま眠り続けるのか、どちらなのでしょうね」
「叔母さま、お祖母さまなのですが……なぜお祖母さまだけ、これほど寿命が長いのでしょうか。何か理由があるのですか?」
 そう聞くと、叔母はしばらく黙ったまま祖母を見つめていた。あまりに長い間そうしていたため、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、どう謝ろうかと真剣に考えたが、やがてゆっくりと叔母が語りだした。
「お母さまが白光を持ち、男児を生める希有な方だということは知っていますね?」
「はい」
「そのような希有な方でしたから、幼い頃から様々な苦労がおありでした。女性が白光を持つということは過去にもほとんど例がなく、お父さまも白光をお持ちでしたから、宮中では大変な問題でした」
「お祖母さまは、なぜ苦労をされたのですか?帝の娘であり、ご自身も白光をお持ちであるのに」
「お母さまとお父さまのどちらを次期帝とするかで、宮中はもめていたのです。その当時はまだお二人を夫婦にという案はなく、自身の娘や息子を嫁がせることで権力を得たい者たちがお二人に取り入ろうと様々な試みをあちらこちらで行っていたのです」
「そのようなことが……」
「また反対に、お母さまが帝になることに反対する者たちも大勢いました。今までに女性が帝になったことはほとんどありませんから、女性が帝になることを受け入れられない者が多かったのです。そのような者たちによる、お母さまへの卑劣な行為が段々と悪化していきました」
「どのようなことをされたのですか?」
「人目を忍んで頻繁に御膳に毒を盛ったそうですよ」
「ひどい!」
「知っての通り、この星には月の人の長い寿命を奪えるほどの毒は一つしかありません。盛られた毒に苦しめられる日々にお母さまはとても辛い思いをされていました」
 月の人は不老長寿の薬を飲まなくともその寿命はとても長い。その寿命を奪えるほどの毒は、不老長寿の薬のみだと言われている。しかもその不老長寿の薬も寿命を奪える条件が決まっており、成人前に飲んだときのみ命を落とすといわれている。
「宮中は常に空気が張り詰めていたといいます。そんな中、お母さまの相手に決まった方がいました。しかしその方は、少し前までお母さまに毒を盛る側の者でした。そのことをお母さまもご存知で、添い遂げることはできないと帝に訴えたのですが、聞き入れてはもらえませんでした」
「その方は、お祖父さまではないのですね?」
「えぇ違います。その頃はまだお父さまの相手は決まっておりませんでした。お母さまはご自分の訴えが聞き入れてもらえなかったので、死を決意され、祈りの間にしまわれている不老長寿の薬をお飲みになったのです。お母さまはまだ成人されていませんでしたから、言い伝え通りであれば、そのまま命を落とされるはずだったのですが……」
「助かったのですね」
「言い伝えが誤っていたのか、お母さまが白光をお持ちだったから助かったのかはわかりませんが、血の気を失い意識を失われたものの、数日後には無事に回復されました。しかし回復を喜ぶ声はとても少ないものでした。不老長寿の薬を勝手に飲むことも、自決されることも共に大罪です。一度に大きな罪を二つ犯したお母さまは、たとえ白光を持つ者と言えど許されるものではありませんでした」
「それでお祖母さまは瑠璃の星送りになったのですね……」
 叔母は静かに頷いた。かつて祖母に質問したことの答えを、こんな形で聞くことになるとは思わなかった。
「お母さまは瑠璃の星へ送られることになったのですが、成人前に不老長寿の薬を飲んで助かった例は他にありません。とても珍しく、その後どのような経過をたどるのかは非常に貴重な情報でした。そのため特例として、瑠璃の星送りは期限付きとなったのです」
「それでは、お祖母さまは情報収集のために……月に戻されたのですか」
「そうです。お母さまは瑠璃の星で一生を終えてしまいたいとお思いだったでしょうが、それは叶いませんでした。その後、瑠璃の星送りになる前に決まっていた相手との婚姻は白紙に戻っていたため、お父さまとの婚姻の話が進むこととなり、お二人は夫婦となりお父さまが帝となることが決まったのです」
「では、お祖母さまの寿命がとても長いのは、自決のために成人前に不老長寿の薬を飲まれたからなのですね」
「恐らくはそうなのでしょう。白光を持っていても、ここまで寿命は延びません」
 祖母の人形のような寝顔の理由がなんとなくわかったような気がした。恐ろしく寿命が長くなってしまった祖母は、ある日寿命を迎えて息を引き取るのではなく、段々と人ではなくなっていくのかもしれない。



作品名:瑠璃色の夏休み 作家名:皆見 さつき