ブルーとホワイト
女子工員
王 杏(ワンシン)李 紅花(リホンファ)たちは片言の日本語で
「宜しくお願いします。ワンシンですがあんずと呼んで下さい」
「宜しくお願い致します。リホンファですがべにかと呼んで下さい」
と挨拶した。吉林省の出身で二人とも20歳である。
日本に来て日本語の研修を受けたとはいえまだ会話は成立しない程度であった。彼女たちは化粧もしていなかった。同じ年代の日本人と比べるとどうしても3,4歳は年上に見える。しかし仕事への意欲は今の日本の若者には見られないほどの覇気を感じた。
丸山は彼女たちの指導を任された。初めから工場のなかではいくらなんでもきついだろうと考え、製品検査から始めた。成形された後に残るバリの検査である。バリは専門の工員が取り除いているが取り残しの検査である。その他にショートと言って欠損した部分がある、それを見つける仕事である。この検査室にはエアコンが設備されている。ここにいる3人の工員は主婦ばかりである。扶養手当の出る範囲でのパートタイムなのだ。最低賃金すれすれの750円。ボーナスも支給されないが満足ではないだろうが何年も勤務している。
研修生たちは最低賃金である。それでも中国と比べれば2,3倍の金額の違いがある。手取り15万円のなかから半分は仕送りすると言った。丸山は自分の事を振り返った。大学を卒業して、給与を親のためになどと思った事も無かった。彼女のプレゼントや自分の車に使っていた。親父やおふくろの誕生日すら何も送った事も無かった。貧しさは家族の絆を強くする。丸山は彼女たちから学ぶことが出来た。