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ベイクド・ワールド (上)

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 ふいに川の隅に再び、橋が現れる。その橋を渡り、さらに進むと、滝が見えた。激しい水しぶきをあげながら、大量な水が滝壺へと大きな音を立てながら落ちて行く。滝壺には上流から流れついたものなのかわからないが巨大な切り株が横たわり、透き通った水のなかに浸かっていた。そして滝のなかにある石は見事なほどに濃緑色の苔に覆われていた。僕は辺りを見渡した。
 そして、それは見つかった。滝の隣の斜面をみると石を積んで造った窯のようなものが見つかったのだ。おそらくこれが第七しんぼる、魚止めの滝の「炭窯」だろう。
「君がモデルにしたのはこれかな?」と僕は訊いた。
「そう」沙希は頷いた。それから「早く壊しましょう」と言った。
 僕は頷いた。背負っていたリュックを下ろし、ジッパーを開け、なかから金槌を取り出した。僕は滝の後方を確認した。しかし、そこには人がいるわけがなかった。まるで忘れ去られた井戸の底のように深い山奥に人が訪れることなんてありえないのだ、それにこんなにも朝早くに。
 沙希は近くの大きな石の上に腰を下ろしていた。さすがに疲れたのだろう。僕は炭窯に手を触れた。やはり、鼓動は聞こえた。
「じゃあ、壊すよ」と僕は沙希に言った。沙希は頷いた。
 僕は金槌を両手でしっかりと握り締め、大きく振りかぶり、力を溜めてから勢いよく振り下ろした。窯は割れ、何度となく見てきた赤い肉がうねうねと這いずりまわるのが見える。だが、これを見ることも最後だ。僕は最後のしんぼるを破壊するのだ。尻ポケットから、折り畳み式ナイフを取り出し、刃を出して、肉に突き刺す。与えられた傷からは鮮血が流れはじめる。
 山のなかではいろんな種類の蝉がさまざまな鳴き声でけたたましく鳴いていた。それは、まるでしんぼるの悲鳴のように聞こえた。それは悲しみに満ちた慟哭の叫びにも似ている。僕はその叫びを聞きながら、非道かつ残酷にしんぼるの肉に刃を突き立てる。肉体的な痛みは、僕は感じなかったが、心のなかに何か痛みのようなものを感じるような気がした。徹の言っていた内的世界は痛みに満ち満ちていたのだ。だが、僕は黙ってナイフの刃で脈打つ心臓をえぐり取らなければならない。
 ふいに、ナイフが小刻みに振動をはじめる。心臓に突き刺さったナイフが、心筋の収縮と拡張を振動によって伝達している。そして、しだいにその力は弱まっていき、完全に停止した。それはつまり、最後のしんぼるを破壊したことを意味した。世界から隔絶されたかのような深い森のなかで不条理ともいえるシンボル(象徴)を破壊したのだ。
「戻ろう」と僕は沙希に言った。
「うん」
 結局、ムシカは現れず、第四しんぼるについては分からないままだった。僕たちは会話もせずに今までやってきた道を、まるで時間を巻き戻すかのように戻っていった。ゲバルトが待つ簡易駐車場に到着するのには時間はかからなかった。いつだってそうだ、何事にも言える。つまり、行きよりも帰りの方が時間はかからない、ということだ。そのことは、僕の頭のなかで、ある種の一つの象徴のように鳴り響いた。