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ベイクド・ワールド (上)

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 僕はそのメールに返信しなかった。そして、十三日にも徹のアパートには行かなかった。僕が行ったのは十四日だった。そして、僕は、徹の死を見つけたのだ。

 かたかた、とエアコンが呻き声を上げている。ドライに設定しているのに、まったく部屋の空気は湿ったままだ。窓を開けた。しかし、風はちっとも部屋のなかに入ってくる様子がない。開かれた窓の外に手を出してみると、空気の流れは確かに感じとることができるのだが、再び部屋のなかに手を戻してみると空気の流れは時間を奪われてしまったかのように硬直した。部屋の空気はどこへ行くことなく、その場所に停滞し続け、淀み切っている。ただ、それはきわめて純粋な淀みだった。そこから損なわれることもなく、足されることもない、変化しないきわめて均一な淀みだ。それは僕の呼吸を介して肺のなかに取り込まれていき、僕という存在そのものも淀みに満たしていく。
 その淀みのなかで黴は育っていくのだ。黴は空気のなかに混じっている。僕のなかで黴が少しずつ少しずつ大きくなっていく。それはとても恐ろしいことだ。僕の知らない場所で僕の居場所が損なわれていくのだから。知らぬうちに、僕は変容していく。そのことに僕は気がつかない。知らぬあいだに本当の僕は損なわれ、新しい僕に置き換わっていくのだ。
 
 僕は玲に電話を入れた。コール音が鳴り響いた。けれども、出ない。十回ほどコール音が続いたあと、ぷつっ、という音がした。そして、留守番電話サービスに繋がった。僕はメッセージを吹き込んだ。
『玲、元気か? 今日は晩飯食べたか? 涼子の飯は不味いかもしれないけど、食べてあげなきゃだめだからな。じゃないと、失礼だ。一口でも食べるんだ。わかったか? それと、昨日はごめん、俺が悪かったよ。ぶったりしてごめん。今度、十回くらいぶっていいから、それでおあいこにしよう。今日は友達の家に泊まるから家には帰らないよ。涼子に伝えておいてくれ。頼んだよ。それじゃあ、おやすみ』
 ピーという気の抜けた電子音が鳴ったあと、留守番電話サービスが切れた。

 僕は布団のなかに潜り込んだ。布団からも黴のにおいが漂う。僕はその空気を勢いよく吸い込んでみる。黴くさい空気が僕のなかに入っていく。そして、僕はゆっくりと息を吐き出した。再び、眠れない夜のなかで僕は瞳を閉じる。けれど、今日はいつもの夜とは違う。そう。僕は、呪いをうけるのだ。得体の知れない呪いをうけるのだ。
 僕はただそれを受け入れることしかできない。