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ベイクド・ワールド (上)

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「私はその小説に登場するものには現実のモデルを参考にしている。建造物で言えば、塔は駅前のビル・葵タワー、社は白髭神社、発電所は中部電力清沢発電所。城は駿府城跡。そして穢鰓は鯉。つまり、象蟲を蘇らせる条件のうち、城の堀にいる穢鰓とよばれる生き物をすべて殺すこととは駿府城跡の堀で鯉を殺すことに対応するというわけ」
「それは本当に事件が起こる前に書いたの?」と僕は質問した。
「もちろん。そうじゃなければ、こんな馬鹿げた非現実的な話はしない」と沙希は言い、河中さんを見た。
「ああ」と河中さんは頷いた。「それは俺が保証しよう。そのノートに書かれた内容は今回の出来事が起きる前からあった。そして、二の条件である『街に穴をあけること』。これは、おそらく今日のマンホールの消失に一致するのだと思う」
「偶然の一致じゃないんですか? その七つの条件はあまりにも抽象的だし、当てはめようと思えば当てはめることができる」
「それはない」と沙希は言った。「今、ざっと概略を説明したけれど、私の小説には月日、それから時間、その場所まで詳細に書いてある」沙希はそう言って、#1のノートを開き、僕に見せた。
『八月十三日、早朝、人々は穢鰓を城の西方にある堀に追い込み、其処に有る命を全て奪い取った』という箇所に黄色の蛍光ペンで線が引かれていた。そしてもう一度、頁を繰った。そしてその頁を僕に見せた。
『八月十四日、早朝、人々の行き交う街道に多数の大穴を開けた』という箇所には同様の蛍光ペンで線が引かれていた。
「月日、それから場所までも一致しているの。それも二つともね」と沙希は言った。
「疑うわけではないけれど、僕にとってこれは事件のあとにみせられたということになる」
「だから、確かめてもらうの」
「何を?」
「アルビナの目でそれを確かめてもらう」と沙希は言った。「八月十四日、夜、人々は穢鰓の子どもたちを塔から地面へと落した」沙希はそう書かれている頁を開いた。「これは今日の夜に起きること。塔は葵タワーで、穢鰓の子どもたちはオタマジャクシのこと。だから、今日の夜に、葵タワーからオタマジャクシの雨が降ってくるはず」
「そんなこと信じられないね」と僕は言った。それから僕はさきほどから疑問に思っていたことを沙希に訊いた。「君はさっきから僕のことをアルビナと呼んでいるね。そして、その小説にはアルビナという子どもが登場する。これはいったいどういう意味がある?」
「つまり、あなたがアルビナのモデルということ」
「冗談だろ」
「だからあなたはアルビナが小説のなかで行動するように大人たちが企てる象蟲の復活の条件を防ぐために奔走しなくてはいけない。いや、しなくてはならなくなるかもしれない。まだ可能性の段階」と沙希は言った。「それを確かめるために、今日、一緒に葵タワーに行くの」
「そんなの信じられるわけがない」僕は首を振った。
「だから、自分の目で確かめて」
 僕は河中さんを見た。
「と、いうことだ」河中さんは肩をすくめながらそう言った。
 僕はため息をついた。奇妙なことが立て続けに起きている。

 その夜、沙希の言ったことと寸分たがわず葵タワーからオタマジャクシが降った。
 葵タワーの近くのベンチで僕と沙希は腰を下ろしていた。河中さんは、自分は行く必要がないと言って古書店に残った。
 夕暮れが終わり、街が暗闇に包まれ始めて、いくらか時間がたったあと、それは起きた。
 ぼとりという音が地面に響いた。僕はアスファルトに打ちつけられたその何かを確認した。ぬめぬめとした黒光りする物体。まぎれもなくオタマジャクシだった。僕はそれをじっと見つめた。まったく動かない。死んでいる。だが、先ほどまで生きていたかのような生命感がそこにはあった。僕はおそるおそる空を見上げた。黒い点が上空にかすんで見えた。そしてそれらは硬く、無機質なアスファルトの上に吸い込まれていくかのように、落下してくる。ぼとり、ぼとり、と。雨粒がアスファルトを黒く濡らすかのように、オタマジャクシがアスファルトを埋めていく。目に見えるかぎり、百匹以上いたと思う。近くの自転車のかごのなかに入るものや、排水溝を通り抜け、そこへ吸い込まれていくもの、道行く女のバッグに入っていくものもいた。人々は何が起こっているのかわからないというふうに呆然とした。もしくは、こんなことは日常茶飯事だとでもいうように気にもとめず、歩き去っていく人もいた。オタマジャクシが降り止んだのは、最初の一匹が降って来てから、実際のところほんの十数秒だった。僕は辺りを見渡した。まさに集中豪雨だ。オタマジャクシは葵タワーの周辺にしか落ちていなかった。一部に足の生えかかったオタマジャクシもいたが、カエルは見当たらなかった。
 僕はため息をついてから、「これは厄介なことになったな」と呟いた。
「言い忘れていたけれど、今日の深夜、アルビナは呪いを受ける」と隣に座った沙希がノートを開きながら言った。
 僕は彼女の横顔を見つめながら、ため息をついた。それから「それは、いったいどんな呪い?」と訊いた。
「分からない。呪いにはモデルがないから」
 僕は首を静かに振った。
「とりあえず分かることは、その呪いはアルビナが死んでしまうような呪いではない。それはアルビナがアルビナとしてのアンデンティティを確立するためのいわば儀式みたいなもの。だから、あなたは黙ってその呪いをもらわなければならない」と沙希は言った。
「そんなの理不尽だ。これも全部、君の物語のせいなんじゃないか」と僕は不満をもらした。
「どうかしら?」と沙希は首をかしげた。「あなたが古書店に来て、私のことをずっと見ていたのがいけないんじゃないの?」
 とうぜん、僕は口を塞いでしまった。そして、心の中でこう思ったのだ。
『正解』と。