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コトサキク

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 喬の首が持ち上がって、あいつも彼女を見ているのがわかった。普段となんら変わらない顔つきをしている。

 肩までのウェーブの髪に薄いピンク色のAラインコート。生地は厚手なのに、春めいた印象がある。きっとお洒落な人なんだろうと思った。そして美人だ。

 僕らより9歳年上だと聞いているが、まだ大学生だと言っても通じるくらいどこか幼げな雰囲気をしている。
 確かにこれまでの喬の好みから言っても彼女で間違いないだろう。

 初めて見た。そうかこの人を好きなのか、と何にかわからないが半ば感心しつつさらに照れつつ僕はなんとなく立ち上がった。
 実乃里もこの状況でもいまだに千歳飴をなめたままとはいえ、僕の隣に並んで立った。

 歩いて来る彼女を見つめる実乃里のその横顔が、少しだけ緊張しているような気がする。
 僕が勝手にそう見てしまっているだけの可能性もあるけど。

 バス停へ彼女がだんだんと近づいてくる。律動的な歩調。
 喬の肩がゆっくりとバス停から離れた。そして足元のバッグを拾い上げ肩に担ぐ。

 後姿になってしまって、喬がどんな顔をして彼女を待ち受けているのかこちらからはうかがえなかった。

 さすがのあいつでもやっぱり緊張してるんだろうか。やっぱり相変わらずの平常運転なんだろうか。
 僕の心臓が、緊張しそうにない喬の分とついでに実乃里の分とで、三人分もしかしてフル稼働してるんじゃないだろうかと思うくらいばくばくと音をたてている。

 冷たい風が吹いて僕たちを打ちつける。けれど、びっちりとすきまなく詰められた灰色の雲はこれっぽっちも動こうとしない。

 女の人が腕時計に目をやって顔を上げたとき、喬が動いた――――。



「き、きこえない……」
 道路を隔てているんだからあたりまえだけれど。ひそめる必要もないのに僕は小声でささやく。

多分喬が彼女に声をかけたのだろう。立ち止まった彼女の視線が喬の顔へ動いたのがわかったから。
彼女の表情の変化までは、距離があってよくわからないけれど全身から戸惑っている空気が出ていた。

 二言、三言。喬がさらに何かを言った。
 彼女の戸惑いが表情に出た。まるで、水面に落ちたインクのようににじんでひろがっていく。
 そのとき。

 喬が前へ一歩出た。彼女との距離を縮めるように。

「あ」

 思わずというように実乃里が声をあげて、ぽろりと千歳飴を口から落とした。
「えええええええ?」
 僕も唖然としたあまり、これまでの緊張もあいまってか膝から地面に前のめりになって倒れそうになった。

 会話や状況などはまったく聞こえてはこないけれど、それでもわかるくらい喬は唐突な行動に出たのである。

 喬は彼女にキスをしたのだった。

「な、なにがどうなってるんだ」
 力なく呟く僕の靴の先に実乃里が落とした千歳飴が転がってきた。

「意外に行動派……」
「それですむのか? ほんとうに?」
 どこかズレた実乃里の感想に、僕は思わず追求してしまう。外野同士で何かを言ってもしょうがないのだが。

「どう、なるのかな」
 息を詰めて実乃里が言った。
「どうってそりゃあ……」
 完全に第三者の僕らだが、この顛末のオチはわざわざ言葉にして答えるまでもなかった。わかりきったことだった。

 はじめからひとつしか、結論はない。
 喬が一番それをわかっていて告白したのだから僕らはただ喬を待つだけだ。
 ひとり戻ってくるだろう喬を。

 彼女も魂が抜けかけたように口をぱくぱくさせている。
 そりゃあ驚くだろう。喬は毎朝彼女をみつめていたが、彼女は毎朝同じ場所にたたずんだ男子高校生の目的が自分だったとは思わなかったろうしそれ以前にそもそも目に止めていたかどうかも怪しい。

 いきなりなにするのかとひっぱたかれなかっただけでも幸い、だと親友でも正直思う。

 喬の頭がちょっとだけ動いて彼女の背後を見た。僕らも釣られてそちらに目をやる。市役所行きのバスが交差点に曲がりこんでくるところだった。

 喬に教えられたのだろう、彼女は何度も後ろを振り返るしぐさをした。バスとの距離を確かめるように。やっぱり動転しまくっているようだ。

 ゆっくりとバスが近づいてくる。喬が右腕をあげて運転手に合図をした。バスが止まる。

 白地にグリーンのラインの車体が二人を覆い隠して視界をふさぎ、僕たちには状況がなんにも見えなくなった。

 彼女一人が乗り込むだけにしては長めの間があったけれど、やがて窓から見える幾つもの人の頭の中にウエーブの髪が動いているのがわかった。

 僕は黙ってその人影を見ていた。実乃里も横で微動だにせず息をつめていた。

 バスはゆっくりとまた走り始めた。
 駅前大通に向かって遠ざかっていく彼女を乗せた車体を、僕と実乃里はなんとなく神妙な気分で見送った。

 その白いバスが小さくなって完全に視界から消えてゆくのを待ち、再度バス停へ視線を戻すとなんとも言いがたい晴れやかな笑みを浮かべた喬がこちらを見ていた。

 その笑顔を目にした、隣の実乃里から肩の力が抜けたのがわかった。
 さっきからずっとつかまれだままだったらしい僕の右腕が痛みをいまさら訴えてきて、実乃里の手がほどかれたことに気がついた。

 僕も握りしめていた掌を開いて、喬へ笑い返した。

 
 しばらく誰もが無言のまま学校へと歩いていた。ずっと張り詰めていた気持ちの余波でしばらくは何も話す気になれなかった。

 信号に引っかかって立ち止まったのを契機に、僕はおもむろに会話を切り出した。さすがにまだ喬の気持ちの整理がついたとは思わないけれど、直後よりマシだろう。

 あんまりぐずぐずしていると何も聞けないまま学校に着いてしまうし。卒業式の後にしたい話題でもない。

「なんつったんだ?」
「俺? 向こう?」
 喬の声はやっぱり普段通りで、長く秘めていた自分の思いを解放した後らしいそぶりのかけらもみせなかった。
「両方」

「俺はストレートにずっと好きでしたって」
「名乗ったわけ?」
「そりゃあもちろん。どこの誰かもわからないやつに告られても怖いだろ」
 けろっとそんなことまで言う。

「誰かわかってもこえーよ……」
「そうかな」
 喬はのんびりと首をかしげている。

「どうだったんだ?」
 まあどうなりようもないだろうことは、さっきまで実乃里とも話してたのでわかってはいるんだが。

「んー、びっくりしてたね」
 喬はやっぱり屈託なく笑っている。
 いい心臓を持っている。さすがこんな告白をしようと思いつくだけのことはあるヤツだ。

「そりゃあ……おどろくだろうな」
 僕が言うと当の喬もその向こうの実乃里も頷いている。
「単純に朝っぱらから年下の高校生に告白されても驚くだろうけど、ましてや『お前』に告白されたんだもんな」

「キスまでされて」
 ぼそりと実乃里が口をはさんだ。けれど喬はただ笑っている。
「ははは、やっぱそうかな」
「あたりまえだろ」
 僕は人差し指で喬の肩を突いた。

 断言してもいい。多分相手の女性はこの世の中でほかの誰でもなく、ただ一人喬にだけは告白されたくなかったに違いない。

 そして。
作品名:コトサキク 作家名:真央