飛んで火に入る夏の虫
「あぁん、ダーリンそんなところツンツンしないでよ、くすぐったいでしょ」
悶えたあとに立ち上がったアイは無傷だった。これには美咲が一番驚いた。
「人間とは思えない丈夫さ」
「だってアタシ人間じゃないし、泣く子も黙る仔悪魔ちゃんだよ」
ニッコリ仔悪魔スマイル炸裂のアイちゃん。それにつられて美咲も笑い出す。
「まっさかぁ〜、こんな子供が悪魔なわけないでしょ?」
アイに向かって指差す美咲の表情は全く信じてない表情だった。
静かに息を吐いた直樹が美咲の方にポンと手を乗せる。
「それが本当なんだ。しかも、俺に取り憑いてる」
「ストーカー少女ってこと?」
「しかも、カップラーメンの中から出て来やがった」
直樹と美咲に見つめられたアイは身体をもじもじさせて顔を赤らめる。すげぇい勘違い。
「そんなに見つめないで、アイちゃん照れちゃう……じゃなかった。ストーカーとは失礼じゃないのダーリン!」
ダーリンと呼ばれた直樹に美咲が視線を向ける。
「ダーリン?」
「妄想癖の強いヤツでな」
「ところでどこの家出少女なの、この娘?」
家出少女扱いされたアイは直樹の腕に自分の腕を回して、美咲に向かってあっかんべーをした。
「アタシは家出少女じゃなくて、正真正銘の悪魔で直樹の妻だもん」
一瞬美咲の顔が凍りつく。だが、すぐに平常心を取り戻して猛反発。
「直樹があなたみたいな小娘と結婚するわけないじゃない。あと、直樹の顔って女の子みたいで女々しいでしょ、こんな直樹が結婚だなんて笑っちゃうわ、恋人すらできないわよ」
直樹は斜め下を見ながら思考を巡らす。そして、途中からなぜか自分がバッシングの対象になってることに気づく。
「ちょっと待て、なんで俺まで悪口言われなきゃいかんのだ?」
「直樹が結婚できないってこと立証するためよ。だって、直樹ってことあるごとに女装させられて遊ばれて、男の子からラブレターもらっちゃう変態なのよ!」
拳を振るわせる直樹が前に出る前にアイが前に出た。
「ダーリンの顔が綺麗だからってひがんでんじゃないわよ、ブス!」
アイの言葉が美咲の心にブスッっと……。
「ブス!? わたしのどこがブスだっていうの? これでもバスケ部の後輩からは人気あるんだから」
声を荒げる美咲に直樹から痛いツッコミがプレゼントされる。
「女子部員にだろ?」
「うっ……それは……」
言葉に詰まる美咲。完全に急所を突かれた。直樹の仕返し成功。
言い返す言葉もない美咲をアイが腹を抱えて笑う。
「あはは、やっぱりモテないんだぁ。恋人できない症候群、ご愁傷様」
グサッと美咲の腹を抉る一撃に荒塩を塗りたくった感じ。
追い込まれた美咲。人間追い込まれるとわけのわからない行動及び言動を言う。追い詰められたネズミはネコを噛むっていうし。
「いい加減にしなさいよ、悪魔だかなんだか知らないけど、こっちにはバスケの神様がついてるのよ」
意味不明だった。かなり混乱している模様、ここは口をつむぐことをお勧めします。でも、一度走り出したら止まらない。美咲の暴走は続く。
「勝負よ、勝負しないさい悪魔!」
「いいよ、受けてたってあげる。でも、なに賭ける? 悪魔は賭けるの好きなの、魂とかね、うふふ……」
「じゃあ直樹の魂かけてやるわよ、あなたが勝ったら直樹を好きにしていいわ」
「俺のかよ! 自分の魂かけろよ」
「いいよ、ダーリンの所有権を賭けて勝負しましょ」
「俺の意見は無視かよ!」
無視だった。燃える二人の女性の瞳には直樹は映っていない。アウトオブ眼中。
ちょっぴり直樹は寂しい気分。誰かかまってあげてください。でもエサはあげちゃいけません。つけ上がりますから。
アイが直樹の腕を両手で掴む。確かにそこにある微かな膨らみが腕を優しく包み込みます。
「ダーリンは絶対アタシが手に入れてみせるんだから」
負けじと美咲も直樹の腕を両手で掴む。確かにそこにある豊満な膨らみが腕を優しく包み込みます。直樹ウハウハ状態……でもなさそうだった。
「誰か助けてくれーっ、二人の悪魔に引き千切られる!」
直樹の腕は引っ張られて今にも引き千切られてしまいそうだった。
痛がる直樹を無視して、今度は美咲が直樹の腕と足を掴んで引っ張る。それに負けじとアイも美咲と同じことをする。宙に浮く直樹。股裂け万歳人間綱引き!
バスケで鍛えた美咲の腕に力が入る。
「早く直樹のことを離して負けを認めなさいよ!」
「離すのそっちだよ、直樹が痛がって可哀想でしょ?」
だったら離せよ。
だが、どっちも離す気配はない。直樹の頭の中で股裂けカウントダウンが鳴り響く。
「死ぬ、死ぬ、股裂けて死ぬなんてカッコ悪い」
「ダーリンが痛がってるでしょ、早く離してよ!」
「あなたが離しなさいよ!」
ビリビリとズボンが裂ける音がした。直樹の股が裂けるのもそう遠くはなさそうだ。
「おいおまえら、ズボン切れてトランクス見えちゃったじゃねえかよ!」
直樹の声は二人には届いていなかった。もはや、この勝負に直樹関係なし?
勝負がつかないことに苛立ちを覚えたアイが美咲に提案を促す。
「このままじゃ勝負がつかないから、ダーリンにどっちが好きか言ってもらって勝敗をつけるっていうのはどう?」
「いいわ望むところよ!」
アイと美咲の鋭く狂気に燃えた瞳が直樹を睨みつけて、同時に声を出す。
「「どっちが好きなの?」」
「答えられるかそんなこと!」
半ば泣き叫びながら言った直樹の前に一人の女性が現れて、無表情のまま口元だけ微かにあざけ笑う。
「夕方からなかなか……」
恥ずかしい光景を見られて直樹の顔が凍りつく。
「なんでいるんだよ、おまえが!」
住宅街に直樹の叫びが木霊した。近所迷惑。
この場に現れた女性は直樹たちと同じ学校の制服を着ていた。しかも、なぜか手にはワラ人形が……?
ワラ人形を持った少女が微かな声を漏らす。
「……夕方からゥハゥハね、直樹クン」
「どこがウハウハなんだよ、この状況を理解しろよ!」
相手をバカにしたような表情をするワラ人形少女。この少女の名前は見上宙。声が小さくいつも無表情な顔をしており、相棒のワラ人形とはいつも一緒の仲良しさん。好きな男性のタイプはジェーソンとフレディ。好きな言葉はスプラッター。
ワラ人形を持った手が直樹の鼻先に突きつけられる。
「中学生ノ分際デ破廉恥ダゾ、バカヤロー!」
キーが高くてふざけた声。宙は口を動かしていない。そう、宙お得意の腹話術。ちなみに彼女いわく、意思を持ってしゃべっているのはあくまでワラ人形だと言い張る。
アイの視線が宙に向けられる。
「いいところに来たな人間。今からダーリンがどっちが好きか言うから、その証人になれ」
アイの言葉を聞いても無表情な宙は機械的に美咲に顔を向けた。すると今度は美咲がしゃべりだす。
「今わたしとそいつで勝負してるのよ。それで直樹に先に好きって言わせた方が勝ちなのよ!」
美咲の言葉を聞いても無表情な宙は機械的に直樹に顔を向けた。すると今度は直樹がしゃべりだす。
「俺はこいつらに強制的に巻き込まれたんだ、だから助けてくれ!」
宙の口元が微かに動き、小さな声が口から漏れた。
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)