飛んで火に入る夏の虫
誰もが微妙に次の展開を見守っていた。
一生この人から離れませんってな感じでアイはナオキの首に抱きついた。
「アタシはダーリンと一緒に暮らすんだから、ママはさっさと異界に帰ってよ!」
「妾が心配して迎えに来てやったというのに……」
いかにも悲しそうな顔をするモリー公爵の瞳にキラリと光る一滴。マルコはすぐにハンカチをモリー公爵に手渡した。
「モリー様、これでお涙をお拭きください」
そして、すぐにアイを見つめた。
「ご息女と言えど言葉が過ぎますぞアイ様」
「だってぇ〜、アタシとダーリンはもう夫婦だしぃ」
このアイの言葉を聞いてモリー公爵とマルコはフリーズした。二人にとっては驚愕の新事実発覚!
どっかに飛んでいた意識を戻したマルコがちゃぶ台返しをして勢いよく立ち上がった。
「ど、どういうことだ小僧説明しろ!」
大声を出した横でモリー公爵があまりのショックに意識を失ってフラフラ〜っと倒れた。その倒れ方はおでこに軽く手を当てて、あくまでも可憐に倒れた。さすが貴族。
「モリー様、お気を確かに!?」
マルコはすぐさまモリー公爵を抱きかかえ、鋭い眼差しでナオキをにらみ付けた。
「小僧!」
怒鳴られたナオキはビシッバシッシャキッと立ち上がった。ナオキは直樹と違って怯むことはないのだ……たぶんね。
「小僧小僧ってレディーに向かって失礼だぞ! わたしを呼ぶ時はちゃんとナオキという名前で呼べ。それにわたしはアイと結婚したつもりなんてないぞ!」
「ではなぜアイ様は貴様に抱きついておられるのだ!」
マルコの指摘どおり、ナオキにベタベタ抱きつくアイの姿は恋人以上の関係にしか見えない。そこに極めつけとしてアイがどこからともなく契約書を取り出してマルコに叩き付けた。
「これがダーリンとアタシが婚約した証!」
叩きつけられた契約書をマルコはマジマジ読みはじめ、次第に顔つきが険しくなって、仕舞いには顔面蒼白になった。
「こ、これは正しく悪魔の契約書ではないか!? な、なんてことだ……モリー様のご息女ともあろうお方が、こんな平民と結婚など……許してはおけぬ!」
瞬時に抜かれたマルコの刀をナオキが真剣白羽鳥!
「ぐわぁっ!? わたしを殺す気かこの野蛮人が!」
「俺に向かって野蛮人とはなんだ! 俺はモリー公爵様にお仕えする高貴なる騎士だ!」
「武器も持たん一般人に剣を振るう騎士なんて外道だ!」
「事態が事態だ、俺は貴様を必ず斬る。さすれば契約は無効となるのだ!」
二人が死闘を繰り広げようとしている中、一人は気絶、一人はナオキに抱きついたまま、そして最後の一人は!?
「青春ねぇん!」
ベル先生は他人事としてお茶をすすりながら観戦していた。
ナオキの横で緊迫感ゼロできゃぴきゃぴする仔悪魔少女。
「ダーリン頑張って、見事のこの戦いに勝ってアタシを掻っ攫って!」
「わたしはおまえのために戦っているのではない、自己防衛として戦っているのだドアホがっ!」
両手で挟んだ剣を力いっぱい横に押し下げ、ナオキは剣を放してすぐにマルコと間合いを取った。だが、マルコの動きは早く、風を切るスピードで地面を蹴り上げナオキに襲い掛かってくる。
「お命頂戴!」
「ぐわぁっ!」
しゃがみ込んだナオキの頭上を掠める研ぎ澄まされた剣技。
紙一重で相手の攻撃を避けたナオキは叫び声をあげた。
「武器をよこせ、わたしにも武器をくれ!」
と言ったナオキとベル先生の視線が合致する。そして、ニヤっと笑ったベル先生は白衣のポケットから何かを取り出すとナオキに向かって投げた。
「これを使いなさぁい!」
「サンキューベル……ってフライパンかよ!」
ベル先生の特殊武器――魔法のフライパン。テフロン加工でサビに強い!
フライパンを否応なしに構えることになったナオキにマルコの剛剣が振り下ろされる!
カキィーン!
――相打ち。
マルコの一刀はナオキのフライパンによって見事防がれた。フライパンが斬られることもなく、剣が折れることもなかった。フライパン対剣の世紀の大対決は五分と五分……なのか!?
ナオキの攻撃!
――たたかう
――ぼうぎょ
――逃げる
――ひ・み・つ
秘密ってどんなコマンドだよ!
ってことでナオキは秘密コマンドを使った。
素早く動いたナオキはアイにヘッドロックをかけて拘束し人質に取った。
「あ〜ははははっ、アイを人質に捕られては手も足も出まい!」
「きゃ〜っ! ダーリンあったまE!」
フライパンで人質を脅す犯人と緊迫感ゼロの人質。滑稽すぎる……。でも、マルコには効果覿面で切っ先を地面に向けながら身動きを止めた。
「アイ様を人質に捕るとは卑怯者め!」
「あ〜ははははっ、なんとでも言え。戦いは最後に立っていた者が勝者なのだ!」
「きゃ〜っ! ダーリンカッコE!」
「は〜ははははっ、これで勝ったも同然。さっさと武器を捨てて降参しろ!」
「くっ」
唇を噛み締めたマルコ仕方なく剣を地面に放り投げた。すると次の瞬間、ナオキはアイを突き飛ばして武器を持たないマルコに対して卑劣なまでに襲い掛かった。
「は〜ははははっ、覚悟!」
「甘いな小僧!」
マルコは地面に向かってジャンプして転がり剣を拾い上げた。しかし、ナオキの方が一足早く、剣を振るおうとして胸に隙のできたマルコにフライパンが炸裂!
胸当て越しに強烈な一撃を受けたマルコは地面に転がり、苦痛に悶えながら胸を激しく押さえた。そのマルコ痛がり方が尋常でなかったためにナオキは思わずフライパンを投げ捨てて駆け寄った。
「大丈夫か? そんなに強烈だったか、今の一撃?」
「うぅ……」
苦しむマルコを見てナオキは焦りに焦ってマルコの胸当てを急いで外した。血も出てないし傷も見当たらない、ただそこには?胸?があった。そう、結構豊満なバスト!
「おまえ女だったのか!? どーりで尋常じゃない痛がり方をするはずだ」
なるほど納得。
地面に横になって倒れているマルコの姿を見て、ナオキの頭に名案が浮かぶ!
「そーだ、こういう時は人工呼吸だ!」
なんのためらいもなくマルコに口付け目的で人工呼吸をしようとするナオキ。それに気が付いたマルコが近くに落ちていた硬い胸当てスコーン!
胸当てで頭を強打するナオキは二メールとほどぶっ飛んで地面に激突。すぐにアイが駆け寄って膝枕をする。
「しっかりしてダーリン!」
涙を流してナオキを抱きしめるアイの前にマルコが立ちはだかった。
「アイ様、お退きください。最後の止めを刺します」
剣を構えたマルコがナオキを一思いに殺そうとした時、清閑な声が場に響いた。
「止めるのじゃマルコ! その者を殺してはならぬ」
この声を発したのはいつの間にか意識を取り戻してベル先生と楽しく団らんしていたモリー公爵だった。しかも手にはお茶と、口にはようかんを入れて若干モグモグしている。
切っ先を地面に下ろしマルコはモリー公爵に訴えた。
「どうして止めるのですか!? この者を殺さなければアイ様は……」
「事情は全てわかっておる。じゃがな、無闇な殺生は許さぬぞ」
事情は全てわかっておる……ってことは、もしや気絶は演技だったのかっ!?
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)