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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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飛んで火に入る夏の虫

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「あの女は何千年も昔のことをネチネチと掘り返すような女なのよぉん。された嫌がらせは絶対に忘れないし、お金を借りたが最後、酷い目に遭うわぁん……」
 過去の回想に浸るベル先生。モリーにだいぶ痛い目を見せられたと思われる。
 物思いに耽って若干事故りそうなベル先生にもう一つナオキから質問。
「モリーの傍に仕えていた男は何者だ?」
「あれはマルコシアス侯爵、モリーちゃんの飼い犬ねぇん、しかもかなり獰猛で強者。近くにモリーちゃんがいる時はそうでもないけど、野放しにすると手に負えないわぁん。それにマルコちゃんは――」
「前見て運転しろ!」
 何かを言おうとしていたベル先生の言葉をナオキの叫びが掻き消した。
 前方に聳え立つトラックの荷台!
「飛ぶわよぉん!」
「はぁ!?」
 バイクの前輪が浮き上がり、勢いに乗って後輪も浮いてジャンプ!
 ジャンプというか飛んでいる。バイクが空を走っている。トンデル!?
「ベルさ〜ん、空飛んでませんかバイク?」
「ホウキだって空飛ぶご時世なのよぉん、バイクだって空飛ぶわよぉん」
「なるほど」
 納得してどうする!
 障害物、渋滞なしで、あっという間に目的地に着いた。
 住宅街の路地にバイクを止めたベル先生は辺りの空気をクンクン犬のように嗅ぎはじめた。
「微かにモリーちゃんの香水の香がするわねぇん」
「あんたは犬か」
「人間に比べてちょっぴり嗅覚いいだけよぉん。じゃ、そういうことで案内ありがとねぇん、あとはあたくしひとりで行くわぁん」
「ちょっと待て、わたしも行く」
「どうしてなのぉん?」
「やつらはアイを探していたからな」
 スタスタっと歩いてきたベル先生がナオキの両手をぎゅっと胸の前で掴んで瞳をキラキラさせた。
「青春ねぇん!」
「意味がわからんぞ」
「いいわぁん、早くバイクの後ろに乗りなさぁい!」
「感謝するぞベル、わたしが世界の覇者になった暁には科学顧問にしてやる、あ〜ははははっ!」
「笑ってないで早く乗りなさぁい、置いてくわよ」
「あ、ああ」
 頭をポリポリと掻いたナオキがバイクの後ろに乗ると、ベル先生が勢いよくエンジンを鳴らした。
「しっかり掴まってるのぉ〜ん?」
 ベル先生とナオキの視線が道の向こう側からこっちにやって来る――飛んで来る少女の姿を捉えた。
 魔法のホウキに跨って道路を低空飛行していたのはアイだった。その後ろを駱駝から毛並みの美しい黒狼に乗り換えたモリー公爵が追っていた。
「ダーリン!」
 キィィィィィッ!
 急ブレーキをかけた魔法のホウキは急には止まれない。
「ダ、ダーリン、ぐわぁっ!」
 ナオキたちの横を通り過ぎたアイはキラリーンと星になり、その後ろを黒狼に乗ったモリー公爵が追って行った。
 唖然とするナオキをよそにベル先生はちまたで有名な白衣のポケットから、絶対大きさ的にポケットに入るはずのないバズーカ砲を取り出して構えた。
 ズドォ〜ン!
 バズーカ砲から出たのは巨大なマジックハンド。マジックハンドはものすっごい勢いでモリー公爵の身体を掴み取って、ベル先生のもとまで引きずって来た。
 主人を奪われ拘束された黒狼は怒りに眼を紅くして、地面を激しく蹴り上げて道を引き返してくる。そして、モリー公爵を拘束した張本人ベル先生に鋭い牙を向けて飛び掛かろうとした。だが、それをマジックハンドに掴まれているモリー公爵が止めた。
「止めよマルコ、ベルに牙を剥くでないぞ!」
 ベル先生の眼前に迫った黒狼は空を激しく噛み切って牙を閉じた。そして、低く喉を鳴らしながらベル先生を睨付け辺りを歩き回った。
 自分の周りを歩き回る黒狼から目を放さないようにしてベル先生はモリー公爵をマジックハンドから解放した。
「モリーちゃん、早くこの子を大人しくさせてくれないかしらぁん!」
 マジックハンドから解放されたモリー公爵は気が立っている黒狼の毛並みを優しく撫でた。すると、黒狼の身体に変化が起こり徐々にヒト型に変化していく。そして、そこに武人マルコの姿が現れた。
 そして、魔法のホウキを手に持ってアイが逆走してきた。
「ダーリン助けて!」
 戻ってきたアイはすぐにナオキの後ろに隠れてモリー公爵の顔を覗き見た。
 状況理解に苦しむナオキはアイをモリー公爵に挟まれて、かな〜り困惑。
「おいアイ、わたしを盾にするな。それと、誰か状況説明をしろ」
「ダーリン殺っちゃって!」
「だから状況説明をしろと言ってるだろう」
 ナオキの言葉を受けてここぞとばかりにベル先生が一歩前に出た。
「ここはわたくしに任せるのよぉん」
 そう言ってベル先生が白衣のポケットから取り出したのはちゃぶ台。ベル先生は団らんするつもりだった。
 ちゃぶ台に着いたベル先生は茶菓子とお茶をみんなに勧め、勧められたみんなは何となくちゃぶ台に着いた。ちなみに人数がちょっと多いので狭い。
 お茶を一口飲んだモリー公爵が軽く咳払いをして話しはじめる。
「……安物のお茶じゃな。もっといいお茶を出せぬのかえ?」
「あらぁん、ごめんなさぁい、モリーちゃんのお口には合わなかったかしらぁん。でも、学校の安月給で出せるお茶はそれしかないのぉん」
 ベル先生微妙にモリー公爵に喧嘩腰。だが、モリー公爵はお清まし顔で受け流す。二人の間にはビミョーな温度差があった。
 それはさて置き、ナオキが気なることはこれ。
「で、どうしてアイがどうして追われてたんだ? 一番まともな回答をしてくれそうなモリーどうぞ!」
 どうぞとモリー公爵に手を向けたナオキの首筋にマルコが腰に差してあった剣を抜いて突きつけた。
「モリー公爵ないし、モリー様とお呼びしろ。次に呼び捨てにしたら容赦しないぞ!」
「……じゃ、じゃあ、モリー様どうぞ!」
 ナオキが蒼い顔をして改めて手を向けると、モリー公爵は堰を切ったように放しはじめた。
「まず、そこにおるアイは妾の養女じゃ。じゃがな、どういうわけか我が儘な娘に育ってしまってな、ある日お灸を据えるつもりでカップラーメンの中に閉じ込めてやったのじゃ」
 モリー公爵の顔が真剣そのものなので、誰も『なぜカップラーメン?』にというツッコミは入れない。代わりにナオキは手を上げて別の質問をした。
「で、なんでアイを追っていたのだ? お尻ペンペンでもするつもりだったのか?」
「そうじゃ、カップラーメンから抜け出した罰として、地獄の業火で熱した鉄棒でお尻ペンペンしてやるつもりじゃった。それにアイは半人前ゆえ人間界で暮らすことを許すことはできん。すぐにでも妾とともに異界へ帰るのじゃ!」
 清まし顔のモリー公爵の清閑な声がご近所さんに響き渡った。

 道路のど真ん中でちゃぶ台に座ってる五人。それだけでもご近所迷惑で異種異様だっていうのに、誰もが口を閉じて沈黙しているのが妙に怖い。そして、ついにアイが叫んだ。
「ヤダよーっ!」
 ご近所さんに響き渡るアイの声。
 カーテンの隙間から謎のちゃぶ台集団を覗き見してる人がいたりするが、おおっぴらに見ることはない。
 ちゃぶ台の横を母親に連れられた子供が指差しながら通り過ぎるが、『お母さんあれなに?』『駄目よ、見ちゃ駄目よ』なんて会話をしながら足早に通り過ぎていく。
 そして、電柱におしっこをする野良犬。