飛んで火に入る夏の虫
「すまないことをした、心から詫びよう」
頭を下げるマルコに対するナオキの顔はかなり優越感。自分の力で相手を負かしたわけでもないのにね。
襟元を正したナオキは地面に転がる自転車を起こして跨った。
「では、わたしは世界を征服するために行く。さらば凡人ども!」
「待つのじゃナオキとやら」
とても静かなモリー公爵の声。その声に反応してナオキは身動きを止めた。いや、止められた。モリー公爵の静かな声には底知れぬ力が込められていたのだ。
背中に冷たいものを感じながらナオキが首だけを動かして後ろを振り向くと、モリー公爵は静かな声で尋ねてきた。
「アイという悪魔の娘を探しておる。どこにおるか知らぬかえ?」
「あ〜、アイならさっきこの道をホウキに乗って爆走して行ったぞ、向こうに」
と遠くを指差しながらナオキは疑問を感じた。こいつらアイの知り合いか?
「モリー様のご用はお済みになられた、早々に立ち去るがよい小僧」
「あ、ああ」
マルコの雰囲気は質問一切受け付けないといった雰囲気だった。だからナオキは仕方なく自転車を漕いでこの場から立ち去った。かなりのスピードで。人はこれをとんずらと呼ぶ。
小さくなって行くナオキの背中を見ながらマルコが呟く。
「あの小僧、アイ様のお知り合いだったのでしょうか?」
「おそらくそうであろう、微かにアイの匂いがしておった。それにあの子供、内に二つの心を持っておる。それに……」
「それに?」
主君の顔をいぶしげな表情で見るマルコに対してモリー公爵は微かに微笑んだ。
「今の言葉は忘れるがよい」
「……畏まりました」
駱駝が静かに歩き出す――アイを目指して。
自宅に戻ろうと一時期は考えることもあった。けれど、心は揺れ動き、常に変化するもの。ナオキは作戦変更して住宅街を無意味に爆走していた。
アイが自宅で待ち伏せしている可能性は高い。そこでナオキは世界征服の作戦を考えるついでに住宅街を爆走しているのだが、何もいい考えが浮かばない。てゆーか、住宅街を爆走する意味がどこにあるのか。そのことにやっと気づいたナオキは自転車を止めた。
「疲れるだけだ」
さてとこれからどうしようかなって感じでナオキが物思いに耽っていると前方から見慣れた制服姿がやってきた。まさしくあれはナオキの通う某○○中学の女子制服ではないか。
しかも知り合い。
ナオキの前に立った少女が突然ワラ人形を取り出す。
「ガッコーサボッテンジャネェゾ!」
言うまでもなく、ワラ人形を持ち歩いている少女はこの近辺では一人しかいない――見上宙だ。
「わたしは学校をサボっているのではなく、大いなる野望を企てている最中なのだ、わかったか凡人。てゆーか、おまえこそ学校をサボっているではないか」
「……道に迷った」
「学校行くのにどうして迷う。四〇〇字以内に説明してみよ!」
「……ウソ」
「わたしをからかっているのか愚民のクセして」
「だってワタシ……アナタ嫌ぃ」
ナオキ的大ショック!
まさか宙に『嫌い』って言われるなんて夢にも思ってなかったナオキは精神的に大ダメージを受けて気分ブルー。
「ま、まさか、宙に嫌いと言われるとは……。わたしは、わたしがこんなにも宙のことを愛しているというのにぃ!」
自転車から飛び降りたナオキは両手一杯広げて宙に抱きつこうとした。だが、あっさり躱され地面に腹から落下。これは痛そうだ。
地面で潰れた蛙のように息絶え絶えのナオキを見下す宙。
「その愛はぉ断り」
「どうしてだ、おまえはわたしのこと好きだったんじゃないのか!?」
「そんな記憶なぃ。それに雌は恋愛対象外」
傷口に荒塩を練りこまれた感じのナオキ。こういう場合は愛の逃避行しかない。涙を流すナオキは乙女チックにすすり泣きながら、自転車に乗って走り去る。追ってもムダよ!
猛烈に自転車を走らせるナオキは傷心に駆られながら住宅街を疾走、爆走、激走!
勇気を奮って、古い恋を廃棄処分して新しい恋に向かってレッツ・ゴー!
しばらくナオキが自転車を走らせていると、見覚えのある制服姿が――。また某○○中学の制服だ。しかも、またナオキの知り合い。
数人の男たちに腕を掴まれからまれている女子中学生。ナオキが見間違えるはずもなく、それは美咲だった。
「やめて、放して!」
美咲は掴まれた腕を振り払おうとするが男の力は強く、別の男に後ろから羽交い絞めにされて身動きが取れなくなっていた。
「俺たちといいことしようぜ、なあ?」
三人目の男の手が美咲の胸に伸ばされようとした時、自転車に乗ったナオキの目がキラリーンと輝いた。
「愚民どもめが!」
ナオキを乗せて激走する自転車の前輪が浮くと同時にナオキが必殺技の名前を叫ぶ。
「喰らえ、前輪クラッシャー!」
突然の声に振り向いた男の顔に自転車の前輪が食い込んで、男は勢いよく吹っ飛ばされて即気絶。一丁上がり!
残る男は二人。
ジャンプしながら自転車から降りたナオキはカッコよく男二人を指差した。
「わたしが来たからには安心しろ美咲! こんなやつらケチョンケチョンのギッタギッタにして、生ゴミとして出してやる!」
とは言っても状況的には美咲は人質に捕られていて最悪。
「助けて直樹!」
心から叫ぶ美咲を後ろから羽交い絞めにする男と腕を掴んでいる男。どちらもそこそこ喧嘩の強そうな顔とガタイをしている。果たしてナオキに勝ち目はあるのか?
美咲の腕を掴んでいる男が吼える。
「よくも俺のダチをやってくれたな。この女の彼氏だかなんだか知らねえが、ただじゃあ済ませねえ!」
吼える男をナオキは鼻で笑った。
「わたしは美咲の彼氏じゃない、美咲はわたしの愛人Aだ。それに――」
制服の上着を脱ぎ捨てたナオキの豊満な胸がボヨ〜ンと弾む。
「わたしは女だ!」
男二人がナオキの胸を見て舌なめずりをした。超美人顔で巨乳ときたら喰うしかないと男たちは判断したのだ。そして、美咲の腕を放した男がナオキに襲い掛かってきた。
「俺が先に頂くぜ!」
「ふん、下賎な。我が名を知れ、我が名は魔王ナオキ様だ!」
軽やかなステップで地面を蹴り上げたナオキの回し蹴りが男の頬を砕いた。ちなみにナオキの胸はノーブラなのでよく揺れる!
一撃ヒットで男は宙をぶっ飛び、アスファルトの上を転がり回って白目を剥いて気絶。ナオキ強し。
あまりのナオキの強さに残った男の顔に冷たい汗が流れる。
「こ、この女がどうなってもいいのか!?」
「ナオキ!」
今にも泣きそうな顔をしている美咲の表情を見てナオキの心がメラメラと燃え上がる。
「美咲に傷一つでもつけてみろ、おまえの(ピー)からな!」
あまりにも過激かつ汚らしい言葉だったので自主規制が入りました。ご了承ください。
ナオキの発言に蒼い顔をする美咲。その後ろではもっと蒼い顔をする男。いったいどんな言葉を聞いたのだろうか、とても気になる。
蒼ざめた男は美咲の身体を突き飛ばし、股間を押さえながらナオキに襲い掛かってきた。だが、もはや脅えきった男などナオキの敵ではない。
「外道よ散るがよい!」
高い舞い上がったナオキの踵落としが男の脳天を襲う。だが、ナオキは踵落としを炸裂させずに何食わぬ顔で地面に着地した。
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)