飛んで火に入る夏の虫
「ワタシ魔女だから、ベル先生に呼ばれた」
衝撃のカミングアウト。ワタシ魔女です発言!
だが、直樹とアイの反応は『な〜んだ、やっぱり』と言った表情だった。
動揺しながらも気を取り直したフリをする二人と、それを心の中で笑う一人は校舎内に入ることにした。
職員玄関の鍵は開いていて、そこから校舎内に進入した。
廊下は静まり返り、微かに水の音が聞こえてくるとこがかなりビビる。夜の学校と夜の墓場と夜のトンネルはマジで怖い。
アイと宙はどこからか懐中電灯を出して辺りを照らしながら歩くが、直樹はそんなもの用意してきてない。
直樹はビクビクしながらも平常心を保つ努力をする。けど、手はアイの服を掴んでいた。
コツコツ、コツコツと薄暗い廊下に響く足音。それが自分たちの足音だとわかっていても怖い。なのに、足跡の数が多いことに気づくともっと怖い。
蒼ざめた顔をした直樹が急に足を止めた。
「あのさ、みんな止まってくれないか?」
直樹の指示通りアイが足を止め、宙が足を止め、もうひとり足を止めた。
ゾクゾクとした悪寒が直樹の背筋を駆け抜け、直樹は恐る恐る後ろを振り向いた。
闇の中に浮かび上がる蒼白い顔。
「ぎゃーっ!?」
女性顔負けの叫び声をあげた直樹は腰を抜かしてしまった。そんな直樹を見てアイちゃんちょっと幻滅。宙は無表情。そして、蒼白い影が微かに笑った。
「……ふふふ、こんばんわ(脅かし甲斐がある小僧だ)」
闇の中に立っていたのは蝋燭を携えた自称『夜に生きる女』カーシャだった。
大きな瞳をパチパチさせながらアイがカーシャに聞いた。
「カーシャさんがなんでこんなところにいるの?」
「知りたいか? 仕方ない、そこまで言うのなら教えてやろう」
誰もそこまで言ってませんが、とりあえず聞いてあげましょう。
「ベルに呼ばれたのだ」
――だそうです。
ナンダカンダで人数の増えた一行は廊下を進み理科室に辿り着いた。
「遅いじゃないのぉん!」
理科室の中ではベル先生が独りで待っていた。
部屋は大量の蝋燭に明かりが灯され明るい。ちゃんと一酸化中毒にならないように換気扇を回してる。理科室をエスバットの会場に選んだのは室内で換気扇が付いていたからだった。
随分と待ちくたびれたといった感じのベル先生は、この場に来た人数を指差しながら数えはじめた。
「1、2、3人しかいないじゃない。エスバドは十二人の人間にプラス悪魔でやるって決まってるのよ」
すっとベル先生の背後に回ったカーシャがボソッと聞く。
「おまえが幹事だから他の者は来たくなかったのだろう(嫌われ者……ふふ)」
「なんですって、わたくしが幹事だとどうして来ないのよぉん?」
「おまえが幹事をやると必ず負傷者や帰らぬ人が出るからな」
人数が揃わないと聞いてアイが顔を膨らませる。
「えぇ〜っ、エスバット中止なのぉ。せっかくダーリン連れて来たのにぃ」
アイには残念でも直樹にしてみれば喜ばしい限りだった。ゴタゴタに巻き込まれる前にさっさと帰りたいというのが直樹の本音だった。しかし、運命はそんなに甘くなかった。
刀を構えた少女がこの場に乱入して来て声を張り上げた。
「こんな夜更けに何をしておるのか聞かせてもらおう!」
嵐の予感。
日本刀を構える黒髪の美少女。言わずと知れた鳴海愛であった。
「私は寛大な心を持って悪魔が普通の学園生活をすることを認めたが、こんな夜更けに密会をして悪事を謀ることは認めていない!」
刀の切っ先はベル先生に向けられていた。
「あらぁん、悪事なんて企んでいないわよぉん。今日はただのお茶会をするだけよぉん。お菓子でも食べながら楽しくおしゃべりして、ニワトリが鳴いたら解散よぉん」
熱い火花が両者の間を飛び交う。誰か消火器の用意をしてください、火事になります。
刀を握る手に力を込めた愛が摺り足でベル先生に近づいた。
「問答無用! 可及的速やかに蝋燭を片付けて学校から出て行くがよい。さもなくば刀の錆にしてくれる」
「あらぁん、できるものならばやってみなさぁい!」
なぜこの人はわざわざ相手を挑発するのか。その答えはきっとベル先生が悪魔だから。
てゆーか、愛がこの場所になぜいるのかツッコミを入れないところがこの人たちらしい。
上段の構えから愛がベル先生に踏み込んだ。
「叩き斬ってくれる!」
「可学の力を見せてあげるわぁん」
白衣のポケットに手を突っ込んだベル先生は金属の塊を取り出して愛の一刀を受け止めた。それを見ていた直樹がツッコミを入れる。
「フライパンじゃん!」
愛の一刀を受け止めたアイテムは、パンはパンでも食べられないフライパンであった。しかも、テフロン加工でサビに強い!
戦いをおっぱじめしまった二人を止めるべく直樹は知恵をクルッと廻らすが、三六〇度回転してスタート地点。そこで他の人たちに助けを求めるべく後ろを振り向いた。
「みんな! ……みんな?」
テーブルに広げられたお菓子の袋とペットボトルたち。ちょうどアイがカーシャのコップにオレンジジュースを注いでいるところだった。すでに何かパーティーはじまってるし!
カーシャに飲み物を注ぎ終わったアイが、爽やか一〇〇パーセント柑橘果汁みたいな笑顔で尋ねる。
「ダーリンもオレンジジュースでいい?」
「お、おう」
なぜか勧められるままに直樹は席に着いてアイからオレンジジュースを受け取った。そして団らん……してどうする!?
「俺としたことが団らんしそうになってしまった!」
ビシッとバシッとシャキッと立ち上がった直樹はベル先生&愛を止めようとした。その手にはジュースの入ったカップをしっかり握っている。そこんところが真剣さに欠ける。
「おい、二人ともやめんか! 争いごとはよくない、外でやれ……ひっく!」
ほのかに赤い顔をする直樹に対して愛がベル先生との戦いを中断して切っ先を突きつけた。
「直樹、おまえも悪魔となど縁を切るのだ。宙、おまえもだぞ……おまえたち顔が赤くないか?」
顔を赤くしている直樹と宙。ちょっぴり顔の赤いカーシャがボソッと呟く。
「悪魔の飲み物は人間には合わんらしい……ひっく(身体が火照る……ふふ)」
呆然とする愛の背後に忍び寄る白い影。
「愛ちゃんも飲んで呑まれなさぁ〜い!」
ベル先生が愛の口を強引にこじ開けてペットボトルをググッと!
「うぐっ……止めろ……私は一〇〇パーセントしか飲まんのだ!」
「大丈夫よぉん、このジュースは泣き叫ぶオレンジをグチャグチャに潰して作ったものだから」
泣き叫ぶ……オレンジが!?
ぶはーっ! と直樹が口の中のジュースを噴射!
「泣き叫ぶってオレンジが!? オエッ……得体の知れんものを飲んでしまった」
目の前にいる女性の姿を見て直樹凍りつく。水難の相のある女カーシャ。直樹の噴出したジュースによってカーシャの顔はベトベトだった。
すっと無表情のまま立ち上がったカーシャ。その瞳は黒瞳から蒼瞳へと変化し妖々と冷たく輝き、彼女の髪の色は金髪から日を浴びた雪のような白銀へ。
「……ふふふ、ふふふ(滅却!)」
部屋の気温が一気に氷点下まで下がる。
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)