飛んで火に入る夏の虫
魔法のホウキは直角九〇度に方向転換し、天を突く勢いで上昇した。直樹失神寸前。
ジェット機並みに空を飛ぶ魔法のホウキにシートベルトもなしに乗っていられるのは、きっと魔法の力。魔法って素晴らしいんだね。だが、後ろに乗っている直樹は魔法の許容範囲外にいるらしく、空気抵抗もろ受けまくり。直樹失神。
魔法のホウキのスピードが徐々に落ち着いてゆったり運転になったところで直樹復活。
「マジ死ぬかと思った」
「それは大変だったな。だが、悪い知らせがあるぞ(ピンポンパンポ〜ン……ふふ)」
「聞きたくない」
「燃料が切れた」
「はぁ?」
「このホウキの燃料を補充せずに飛んでしまったのだ」
「つまり?」
「落ちる(ひゅ〜〜〜べちょ!)」
「なにぃ〜!?」
どーりでスピードが落ちてたはずだ。あはは、落下だってさ。笑えねぇ!
「私に考えがある(我ながらいいアイデアが浮かんでしまった……ふふ)」
「なに?」
「わたしひとりぐらいなら城まで戻れる(さらばだ、おまえのことは一生忘れない……ふふ)」
ドゴッ! カーシャちゃんの肘打ち炸裂。
思わず直樹がカーシャの腰から手を離したところで、魔法のホウキ一八〇度回転。つまり逆さま。
「うわぁ!?」
ひゅ〜〜〜。
カーシャの視線の中で小さくなっていく直樹の姿。直樹はホウキから落とされたのだ。
「さて、城に戻って燃料補給でもするか」
たった今すごい酷いことをしたとは思えないカーシャは、無表情な顔をして城に向かって魔法のホウキ旋回させた。
直樹の運命はいかに!?
一方、アイと美咲はどうなっていたかというと――案の定捕らえられていた。
「こんなに可愛い仔悪魔ちゃんを捕らえてどうするつもり!」
手足を縛られ、アイと美咲の身体は一緒にグルグル巻きにされていた。しかも地面が雪なのでお尻が冷たい。
アイと美咲の酔いはとっくに醒めている。というか、ベル先生に銃で脅されて走らされるよりも前の、ベル先生に怒鳴られた時点でとっくに醒めていた。
野外の開けた平坦な場所。そこに作られた集落の家々は氷でできており、住んでいるのが人間じゃないことは明らかだった。
アイと美咲はその集落の中央にある広場にポツンと縛られて掴まっている。見張りをしているのは二人というか、二匹というか、二個の……雪だるま。そう、カーシャが言っていた、この山に住み着いた物騒な輩とは?雪だるま?だったのだ。
今更ながらなんでこんな状況になってしまったのかと美咲は頭を抱えた。
「雪だるまに拉致監禁されるなんて……」
「大丈夫だよ美咲。ダーリンがきっと助けに来てくれるから」
アイの目はキラキラ輝いていた。アイの頭の中では直樹が白馬に乗って自分たちを助けに来てくれるという妄想ビジョンができあがっていた。
モーソー! トキメキ! ロマンス!
そして、願いは現実のものとなる。ちょっぴり違った形で――。
美咲が顔を上に向けると、キラリンと空の中で何かが輝いた。
「アイ見てよ、空で何かが光ったんだけど」
「えーっなになに?」
「ほら、あっち……!?」
「……なんじゃありゃー!?」
空から人が降って来る。世の中にはそんな天気の日もあるんだね。世界ってミステリー!
……じゃなかった。
「だ、だ、だ、ダーリン!?」
「直樹!?」
急落下してきた直樹は雪だるまの見張りを一体大破させながら地面に激突!
深い雪の中に埋もれた直樹は身動き一つしなかった。
「ダーリン!?」
近くにいた雪だるまが雪に埋もれた直樹のようすを見ていると、すぐに騒ぎを聞きつけた雪だるまたちが一〇体、二〇体と氷の住居から出てきた。
辺りは気づけば雪だるまだらけになっていて、雪だるまたちは力を合わせて直樹を雪の中から引きずり出すと、すぐにロープでグルグル巻きにしてアイの近くに放り投げた。そして、見張りをひとり残して帰っていった。
「ダーリンしっかりして!」
「直樹生きてる?」
返事がない。
ま、まさか、本気で死んだ?
「ダーリン、死んじゃヤダよぉーっ!」
簀巻きにされている直樹の口元が微かに動く。
「な……な……鍋食いてえ」
アイと美咲は直樹を殴り飛ばそうとしたが手足が縛れていたので断念。
「俺を勝手に殺すな……だがマジで死ぬかと思った」
「直樹の生死なんてどうでもいいのよ、ベル先生はどうしたのよ!?」
「ベル先生なら、きっと茶でも飲んでゆっくりしてるんじゃないか」
この瞬間、二人の女の心に殺意の念が湧いたのは言うまでもない。
ベル先生が助けに来る意思がないとすると、誰がいったい助けに来てくれるのか。美咲の頭は怒り頂点マックスだった。
「もぉ、直樹まで捕まっちゃって誰がわたしたちを助けに来てくれるわけ!?」
「ダーリンのばか、役立たずのおたんこなす!」
別に直樹がなにをしたというわけでもないのだが、酷い言われようだ。それというのもアイの期待を裏切ったらなのだが、直樹にしてみればとんだとばっちり。王子様は来なかった。
「俺に八つ当たりすんなよ。それにたぶんカーシャさんが助けに来てくれると……思う」
直樹の言葉を聞いてアイの瞳にキラキラと希望の色が差し込んだ。昔の美少女漫画チックに。
「カーシャさんてあのカーシャさん? ベル先生の大親友の魔女王カーシャさん!?」
「ああ、そのカーシャさんが俺をホウキの上から蹴落としたんだ」
「やったね、カーシャさんがここに来れば跡形もなく雪だるまたちを滅殺してくれるよ。なんたって、カーシャさんが通ったあとは草一本残らない荒野に化すって云われてるんだから、アタシたち絶対助かるよ」
「だからやったねじゃなくて、俺はホウキの上から突き落とされたんだって。てゆーか、草一本も残らないって俺たちも危険ってことだよな」
「うん、そうだよ」
無邪気にニコニコ笑うアイ。果たして自分で言った発言を理解しているのだろうか、疑問だ。
二人の会話に美咲が横から口をはさむ。
「そのカーシャって人、本当に助けに来てくれるの?」
首を傾げる直樹。そして、アイはニコニコしながら言った。
「カーシャさんて気まぐれだから、助けに来ないかもね……だめじゃん!」
自分の発言をようやく理解したアイ。
場の空気が一気に重々しいものに変わる。
そして、みんなで『あはは〜っ』と顔を見合わせながら笑う。
『あはは〜っ』と笑いながら直樹は蒼い顔。
「じゃあどうすんだよバカやろう……あはは〜っ」
「アタシに聞くんじゃねえよ……あはは〜っ」
「わたしたちどうなるのよ……あはは〜っ」
三人が精神崩壊気味になっていると、どこからか太鼓や笛の音が聞こえてきた。
氷の家から続々と雪だるまたちが出てくる。もしや、カーニバルがはじまるのでは!?
雪だるまたちは円陣を組んで直樹たちの周りを取り囲み、何体かの雪だるまたちが直樹を抱えて円陣の外に放り投げた。カーシャは確か女子供が狙われると言っていたので、そのために直樹は外に出されてしまったに違いない。
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)