飛んで火に入る夏の虫
フラフラするアイは直樹の方へと引き寄せられて胸板に頭突き。直樹はアイの身体を抱きしめて顔色を伺うと、アイの顔は真っ赤で本当に酔っ払ってみたいだった。
「おい、大丈夫か?」
「はにゃ〜ん、きゃはははははっ!」
突然笑い出すアイ。本当に酔っ払ってる。でもなぜ?
この状況に直樹は元凶であると思われるベル先生に意見を仰ぐ。
「何飲ませたんですか!?」
「やっぱり、失敗作だったようねぇん。この子たちに先に飲ませて正解だったわ」
失敗作だってわかってて飲ますなよ。っていうか生徒を実験台にするなよ!
酔っ払ってるアイは直樹の身体にベタベタくっ付いてくる。……いつもとかわないジャン、な〜んだ。と思いきや、第三者が直樹の腕に絡んでくる。な、なんとそれは消去法からもわかるけど美咲だった。
「ねぇ直樹ぃ〜」
頬を赤らめた美咲が直樹を上目遣いに覗き込む。この美咲の表情に直樹はドキッとした。ヤバイ、可愛いかも。
二人の女性に抱きつかれて直樹の体温上昇。
「おい、二人とも離れろよ」
「ダーリン、アタシのこと嫌いなのぉ?」
「私のことも嫌い?」
二人の愛くるしい瞳が直樹を離さない。
何も言わない直樹に対して二人の身体の密着度は上がり、小さな膨らみが二つと中くらいの膨らみが二つ、直樹の身体をほど好いやわらかさで押してくる。
「ダーリン大好き!」
「……私も直樹のこと好きだよ」
ダブル告白!
美咲の告白の方が直樹の胸を激しく突いた。まさか美咲から、そんな言葉を聞くとは思ってなかった。しかも、今の美咲はなんだかいつも以上に可愛い。直樹の心が揺ら揺らする。
なぜか無言で見詰め合ってしまう直樹と美咲。そこに嫉妬の炎を燃やすアイが入ってくる。
「ダーリンはアタシのものなんだから、美咲はどっか行って!」
「いつから直樹があなたの所有物になったのよ!」
「ダーリンはアタシの旦那様だもん」
「あなたが勝手に言ってるだけでしょ、直樹だって迷惑してるに決まってるじゃない!」
激しい女の戦いに巻き込まれた直樹。両耳を塞いでるのに二人の声は耳の置くまで届き、キンキンしてかなり痛い。
女二人に挟まれて困惑する直樹の状況を楽しむかのように微笑を浮かべるこの人。
「あぁん、青春ねぇん。愛しいひとを賭けて女と女の激しいバトル。なんてロマンチックで茶化し甲斐があるわぁん!」
茶化すのかよ!
睨み合い、相手を牽制する二人の間に直樹を押し退けてベル先生が割って入った。
「あなたたち、あたくしにいいアイデアがあるわよぉん」
「ベル姐は引っ込んでて!」
「これは私たちの戦いですから!」
激しい態度でベル先生を怒鳴りつける二人であったが、ベル先生が引き下がるものか!
「うるさいわねぇん……人の話を聴けって言ってんだろうが!」
突然口調が変わったベル姐さんは二人にガン飛ばして萎縮させた。小動物のように震え上がるアイと美咲。中でも一番ビビッたの素の直樹だった。直樹は腰を抜かして口を半開きのまま固まっている。
口に手を当てて咳払いをするベル先生の表情が元に戻った。
「さぁて、ではあたくしの素晴らしいアイデアを言おうかしらぁん。な、なんと伝説の林檎を先に手に入れた人に豪華商品として直樹を贈呈するわぁん、あたくしの権限で」
「俺を勝手に商品にすんな! 認めんぞ、断じて認められんな。しかもベル先生の権限ってなんだよ」
「あたくしの権限はあたくしの権限よぉん、文句あって?」
オトナの女性の妖艶な瞳で見つめられた直樹はたじろぐ。妖艶な中に狂気を感じたからだ。逆らったらきっと画期的な大発明の実験台にされてしまう。ここは同意するしかない。
脅える直樹は無言でコクリと頷いた。それを見たベル先生はニコッとした。
「では華々しいレースの開幕といくわよぉん!」
白衣のポケットに手を突っ込んだベル先生は銃を取り出して天に向けた。
「はぁい、みなさん位置についてぇん……よーい」
引き金が引かれ、銃声とともに銃口から火花が散った。でも、誰も走らない。唖然として誰も走ろうとしない。そんなアイと美咲に銃口を向けられる。
「あたくしがせっかく雰囲気を出してあげたたんだから早く走りなさい!」
キレた眼をしているベル先生は問答無用に銃を乱射させた。銃弾がアイと美咲の足元に放たれ、雪の中に埋もれ消える。この人、殺る気だ!
蒼ざめるアイと美咲は互いの顔を見合わせて、『さんはい』といった感じ同時に猛ダッシュで逃げる。とんずらこいて!
必死こいて逃げるアイと美咲の背中に手を振るベル先生。かなり満面の笑顔。
「頑張ってねぇん!」
「…………」
腰を抜かしている直樹の腰は、もっと抜けた。
雪の上に尻餅を付き、腰を抜かしている直樹にベル先生が手を差し伸べる。
「さぁて、あたくしたちは温かい部屋でゆっくり待ってましょうねぇん」
「は?」
直樹はベル先生の手を借りて立ち上がり、まさに『は?』という表情をした。
燦然と輝く蒼い城――通称『カーシャちゃん御殿』。
氷できたその城はいくつもの氷柱を逆さまにしたような天を突くデザインだった。
城門の前に立ったベル先生がインターフォンを押す。このへんは文明的だ。
「カーシャちゃん遊びに来たわよぉん」
インターフォン越しにベル先生が話しかけると、金属でできた城門が重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。
ベル先生は躊躇することなくさっさと城の中に入り、直樹は躊躇しながら恐る恐る城の中に入った。
城の廊下には蒼白い蝋燭の炎が灯っており、ひっそりと静まり返った廊下の床は氷でできているようだった。
ベル先生は慣れた足取りで廊下の上をスケートのように滑り進み、直樹も真似をするがコケる。
だいたい直樹が八回ほどコケたところでベル先生がとある扉の前で止まる。直樹はうまく止まれずまたコケる。そんな直樹を無視してベル先生は扉を開けて中に入ってしまった。直樹は慌ててそれを追う。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。
案外臆病者の直樹はベル先生の腕を掴もうとした。
「あぁん、直樹ったらぁん。暗がりをいいことにお尻を触るなんて」
「ご、誤解です!」
「でも、人前でそんなことしちゃだめよぉん」
「人前……わぁっ!?」
暗がりに突然灯った薄明かりの中に人の顔が浮かぶ。怨念こもってそうな無表情な女性の蒼白い顔。
「……こんばんわ。我が城シルバーキャッスルへようこそ(ふふ、おもしろい珍客が来たな)」
謎の女性の登場とともに部屋中の明かりが灯った。
蝋燭を手に持った無表情な女性。白い薄手のドレスに金髪の長い髪、目の色は吸い込まれそうな黒瞳だった。その黒瞳の中に直樹の姿を映し出される。
「ベルフェゴール、その小僧は誰だ?(見るからにひ弱な人間そうだが……ま、まさか恋人いない暦うん百年のベルフェゴールに春が来た……なんてな)」
ベルフェゴールと呼ばれたのはベル先生だった。
「質問の答えの前にツッコミを入れさせてもらうわカーシャちゃん。まだ夜じゃないわよぉん」
「ふふ、わたしにとってはいつでも夜だ(そう、わたしは夜に生きる女……ふふ)」
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)