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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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飛んで火に入る夏の虫

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 この会話をいじけながらも耳を澄ませて聞いていたアイはショックを受けた。捧げる愛情で勝つことはできても、時間の差は埋めることができない。それがアイにはとても切ないものに思えた。ちょっぴりおセンチ気分のアイちゃん。
 美咲が直樹に向かってお手をする。
「お金出して」
「ヤダ」
「どうしてよ?」
「なんとなく」
「夕食抜きよ」
「ちっ」
 しぶしぶ渋い顔をして直樹はポケットから五千円札を出すと、それを美咲の掌の上にポンと乗せた。
 もらった五千円札を自分のポケットにしまい込んだ美咲は空かさず直樹の腕を掴む。
「じゃあ、買い物行くわよ」
「俺もかよ」
 直樹も行くと聞いて今までいじけていたアイがビシッとバシッとズバッと立ち上がった。その顔はニコニコ。
「アタシも行く!」
 そして、今まで寛ぎモードだったベル先生も椅子から、ビシッとバシッとズバッと立ち上がり、直樹たちに向かってこれまたビシッとバシッとズバッと指を差した。
「あなたたち、買い物に行くということイコール食材探しねぇん。ならば今から伝説の食材を異界に探しに行きましょう!」
 奇人変人紙一重で天才の人が言うことは突拍子もない。特にこのベル先生のいうことは。
 ベル先生の提案に一番早く食いついたのはアイ。
「行く行くぅ〜、異界大冒険おもしろそぉ」
「俺は断じて行かんぞ。絶対にそこは危険に満ち溢れたデッドゾーンだ」
 この会話に参加しない美咲。端から彼女は反対だった。ベル先生に関わるとロクなことがない。
 何も言わない美咲に対してベル先生が声をかける。
「美咲ちゃんは行きたいかしらぁん?」
「好きにしてください」
 この『好きにしてください』には『おまえたちだけで勝手にしろ』というニュアンスが含まれていたのだが、この人は何でも自分のいいように解釈する。
「じゃあ、多数決の結果、異界に食材探しに行くで決定ねぇん」
「私は賛成してないわよ、無効よ今の多数決は!」
「あらぁん、もう遅いわぁん。ゲートオープン!」
 ベル先生の高らかな声とともに台所に現れる木製の扉。その扉の入り口が自動的に開かれ、強く激しい光が部屋中に満たされる。
 光を浴びて影となったアイがまず始めにはしゃぎながら入って行き、直樹は何者かの蹴りを喰らって扉の中に。美咲は逃げようとしたがベル先生に腕をつかまれ、ベル先生とともに光のなかへ――。
 バタン! と音を立てて閉まった扉は空間の中に溶けて消えてしまった。

 寒くて、寒くて、寒すぎる山脈。レッツ極寒!
 陽の光を浴びてキラキラ輝く雪が目に眩しい。スキー場で日焼けする理由がこれです。
 ぶるぶる震える直樹の顔は、すでに蒼ざめた死相を浮かべている。その横にいる美咲も同様、生ける屍のようだ。そして、こちらは寒さのあまり夢心地のアイ――目がイッてる。この中で平然としているのはベル先生だけだった。
「あなたたち、子供は風の子っていうじゃないのぉん?」
 露出度の高い服に薄手の白衣だけしか着てないのに、なぜ平気?
 震える手を上げる直樹。
「はぁ〜い、センセー質問でぅース」
「なぁにかしら直樹?」
「ゼンゼーはどーじで平気なんでずが?」
「この白衣は特殊素材でできていて、どんな過酷な環境にも耐えられるようになっているのよ」
 なんかズルイ。
 ベル先生はその場で凍りつく生徒たちを無視してひとりで歩き出す。
 アイちゃんすでに夢の中でこたつで居眠り。
 直樹はいつの間にやら心停止。
 美咲だけが意識を保っている状態で、彼女はやっとの思いでベル先生の白衣を掴んだ。
「先生、どうにかしてください。何かいい発明ないんですか?」
「あるわよ」
「だったら早く……」
「高いわよ」
「死ね」
「ウソよぉん、これを飲めば平気よぉん」
 白衣についてるちまたで噂の四次元ポケットに手を突っ込んだベル先生は三本の試験管を取り出した。そして、コルクのふたを親指で弾き開け、問答無用に一本目を美咲の口の中に――。
「うっ……うぐっ……なに飲ませるんですか!?」
「もう効果が出たようねぇん。寒くないでしょ?」
「あ、本当だ」
 嫌いな授業中に浴びる春のポカポカ陽気が美咲の身体を包み込む。って眠くなっちゃだめジャン!
 ベル先生は残り二本のふたも開け、凍りつく二人に強引に飲ませた。するとすぐに二人は元通り。さすがは科学と魔法を融合させた何でも可能にしちゃう可学です。
 解凍された直樹が身体に張った氷をぶちまけながら復活!
「死ぬかと思った!」
 死んでます。実は一回凍死しちゃって黄泉がえりをしたことを直樹は覚えていない。ベル先生の可学は死者をも生き返らせるのか!?
 先を歩くベル先生のあとをついて行く三人。その中でアイが『はぁ〜い』といった感じで手を上げた。
「ベル姐!」
「なぁにかしらぁん?」
「何を探しに行くのぉ?」
「あらぁん、言ってなかったかしらぁん?」
 言ってません。自己中心的な人はこれだから困ります。
 足を肩幅に広げて山の頂を指差すベル先生。
「この山は我が親友、氷の魔女王カーシャちゃんの領地。そして、あの山の頂には蒼い氷の花が咲き乱れ、その中心には氷でできた林檎の木があるのよぉん。その林檎の実は食した者に叡智と不老を授けると云うわぁん、噂だけれど」
「俺らは今からそれを採りに行くというわけだな、帰るぞアイ」
 直樹に腕を掴まれたアイは唇を尖がらせる。
「どうしてダーリン楽しいそうじゃん」
「楽しいわけないだろうが。そんなわけのわからん実在性の乏しい林檎をなぜ取りに行かなきゃいかんのだ」
「私も帰りたいんだけど」
 美咲が足を止めてあからさまに嫌な顔をした。
「私は来たくて来たんじゃないし、なんでベル先生に付き合わなきゃいけないんですか」
「お〜ほほほほっ、あなたちぃ叡智と不老が欲しくなっていうの! あたくしについて来ないのなら、科学の成績問答無用で赤点にするわよぉん!」
「……横暴教師め」
「……職権乱用よ」
「おほほほほ、なんとでも言いなさぁい。でも、来なきゃ赤点よぉん!」
 頬に手を当て勝ち誇った高笑いをするベル先生。確かにベル先生の勝ちだ。直樹と美咲は権力に屈するしかなかった。
 肩を落とし、ため息をつきながら直樹はお手上げ状態。
「行きますよ、行けばいいんでしょ、行ってやるよ!」
「私も行きますよ、もう好きにしてください」
 ベル先生の完全なる勝利。権力の勝利!
「おほほほほほ〜っ、伝説の林檎を手に入れた暁には問答無用で最高の成績をつけてあげるからねぇん!」
 負けるな学生、頑張れ学生、それゆけ学生!
 伝説の林檎とやらを採りに行くのはいいとして、果たして危険はないのだろうか。そーゆー伝説にはそれを守る怪物やらがいるのがお約束で、一般人というか人間の直樹と美咲は危険ではなかろうか。こちらには可学教師ベル先生がついているが、それだけでは心もとない。あっ、もう一人いた。
「はにゃ〜ん、身体ぽかぽかぁ」
 この仔悪魔少女はあまり役に立ちそうもなかった。
 アイはベル先生の飲ませたクスリのせいで、未だにポカポカ気分の夢心地だった。それも時間が経つごとに夢心地指数が上がっていくらしく、酔っ払いみたいに足取りが覚束ない。