飛んで火に入る夏の虫
強烈なアイの平手打ちがナオキの頬にクリティカルヒット!
鼻血が噴水のように飛び出し、直樹は完全に目を覚ました。
「あれっ? ここどこ……学校……う〜ん、記憶が曖昧だ」
「ダーリン!」
涙をいっぱい浮かべたアイは両手をいっぱいに広げて直樹に抱きついた。その時にあることに気づいた。……胸がない。自分の胸じゃなくって直樹の豊満なバストがなくなってる!?
「ダーリン、元に戻ったんだね……」
「元にって俺……があっ!?」
直樹は自分の鼻を触った感触が生ぬるいことに気が付いて、真っ赤に染まった掌を見た。
「なんじゃこりゃ〜っ!?」
素っ頓狂な声を荒げた直樹は真っ青な顔になって、アイの膝にうなだれる。
「ダーリン、ただの鼻血」
「えっ、鼻血?」
「もぉ、ダーリンったら」
「あはは、な〜んだ鼻血か」
いつの間にか二人の世界に入っている直樹とアイを冷めた目で取り囲む三人。
まず、顔を真っ赤にしている愛様から一言。
「……こんな公衆の面前で恥を知れ!」
次にビールジョッキを片手のベル姐さんから一言。
「あぁん、青春よねぇん!」
最後に無表情の宙ちゃんから一言。
「……不潔」
顔を真っ赤にして状況把握をした直樹が慌ててアイの膝から起き上がる。
「か、勘違いするな! 俺は無実だ、何が無実だか自分でもなに言ってるかわからんが無実だ。俺は潔白で純粋無垢の青春真っ盛りの学生さんだ!」
言えば言うほどドツボに落ちる。
ピエール呪縛クンが直樹の眼前に突きつけられる。
「エッチ、痴漢、破廉恥!」
「俺が何したんだよ、気づいたらグラウンドだし、何があったんだよ!」
一方的に全生徒から軽蔑の眼差しで見られる直樹。ナオキの起こしたあの一連の行為は直樹の深層心理だったのか……?
下駄箱からバスケットボールを抱えて猛ダッシュして来る人影。狂気の形相をしたその人物は直樹の幼馴染である佐藤美咲だった。
「直樹! よくもさっきは!」
「また俺かよ、俺が美咲になにしたんだよ!?」
「みんなの前で下着姿にさせといて……問答無用!」
豪速球と化したバスケットボールが真っ赤な顔をした美咲の手から放たれる。
禍々しいオーラを放ったバスケットボールが直樹の顔面に改心の一撃!
ゴン!
勢いよく直樹は後頭部から地面に倒れた。
「ダーリン!」
すぐにアイが抱き起こそうとすると、直樹はアイの身体を振り払って自らの力で立ち上がった。
「あ〜ははははっ、魔王ナオキ様復活!」
「…………」
いろんな場所からため息が漏れ、スピーカーを構えたベル先生が大声で話す。
「はい、みんな授業に戻るわよぉん」
いろんなところから『は〜い!』という返事が返ってきて、流れ解散。
教室に帰っていくベル先生たちの背中にナオキが怒鳴り散らす。
「おい待て、ナオキ様を無視するつもりかっ」
「ダーリン、アタシだけは無視しないよ!
ナオキの首に腕を絡めて抱きつくアイ。
グラウンドにぽつんと残された二人を見て誰かが呟いた。
「……ばかばっか」
この後、授業はナオキを完全無視して通常通り行われたとさ。
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)