飛んで火に入る夏の虫
「この魔王ナオキ様に刃向かう気か!」
風を切り裂く愛の一刀をなんとナオキはチョキで挟んで受け止めてしまった。
残ったナオキの手が素早く動く。
「くらえ秘儀スカートめくり!」
手と風の力を利用して放たれたナオキの秘儀は愛のスカートをふありとめくり上げ、黒いレースの下着を召喚した。愛サマ色っぽい。
――時が止まる。愛の思考は一時停止して、その後に訪れる激しい発熱作用。そして、見る見るうちに目じりが上がり、キレる。
「スカートめくりをされるなど末代までの恥。よくも、よくも貴様、許しては置かぬ!」
チョキから抜かれた刀が滅茶苦茶に振られ、ナオキをみじん切りにしようとする。
暴走する愛VS自称魔王ナオキの戦いを傍目から見ているこの三人。どこからか持ってきたちゃぶ台をグラウンドに置いて、アイと宙とベル先生はお茶を飲みながらドラ焼きを頬張っていた。
「ダーリン頑張って!」
『直樹ラヴ』と描かれた小旗を振りながらナオキを応援するアイの横でお茶を飲む宙。
「……熱々。青春ね」
「あぁん、愛って素晴らしいわぁん」
なぜか悶えるベル先生にアイからツッコミ。
「さすが彼氏いない暦うん百年って感じ」
「あらぁん、一度も男と付き合ったことのないお子様に言われたくないわねぇん」
「ふん、今はダーリンがいるもん!」
「押し掛け女房でしょ?」
「うっ……」
それを言われると返す言葉がない。
宙はドラ焼きを食べながら何食わぬ顔をして、ワラ人形をアイの眼前に突きつけた。
「直樹ハ迷惑シテンダロ、コンチキショー!」
「アタシがダーリンに迷惑掛けてるって言うの!? これでも頑張って尽くしてるんだよ!」
アイの怒りの矛先、アイの視線は宙に向けられているが、宙はあくまでこう言う。
「ワタシじゃない。言ったのはこのワラ人形のピエール呪縛クン」
なんだかすごいネーミングセンスです。
一瞬の間、ネーミングセンスに圧倒されたアイだが、すぐに宙に喰って掛かる。
「人形がしゃべるわけねぇだろうが!」
言葉遣いが乱暴になっちゃったアイちゃんを宙が口元だけを動かして嘲笑う。
「……ふっ」
立ち上がった宙がワラ人形を手放すと、なんとワラ人形が宙に浮いて勝手に動き出した。
「ナンダバカヤロー、コレデ文句アルカ!」
突然繰り広げられるイリュージョンにアイは目をキラキラと輝かせて喰いつく。時たま垣間見せる純粋で無邪気なところが素敵です。
「すごい、すご〜い、魔法魔法魔法なのぉ!?」
無邪気なガキンチョを冷めた瞳で見つめるベル先生の冷めた一言。
「透明な釣り糸が見えるでしょ。釣り糸で動かしてるのよ」
「……ちっ、バレた」
宙はあからさまにワザと作った嫌な顔をして、すぐにもとの無表情に戻る。
イリュージョンのネタバレをされてしまったアイはショック!
「がぼーん! だ、騙された」
ショックを受けてドラ焼きのヤケ食いをするアイに、ピエール呪縛クンが優しく話しかかる。
「マア気ヲ落トスナヨ、人生山アリ谷アリ、ドン底アリダゼ」
「うるうる……ありがとぉピエール呪縛クン。感動したよ」
この瞬間芽生える固い絆。二人は互いを見つめ合い、深い恋の渦に堕ちてゆく……。なんてことはない。
いつの間にかお茶からビールに飲み物が替わっているベル先生は、ドラ焼きの代わりに裂きイカを食べながら酔った手つきでナオキたちを指差した。
「アイちゃ〜ん、こんなところで遊んでないで早くダーリンのとこ行ったらぁん。早くしないと、大事なダーリンを愛ちゃんに寝取られちゃうわよぉん」
若干酔いが回っているベル先生の指摘でアイははっとして立ち上がった。
「そうだ、ダーリンにキスしなきゃ!」
愛しいダーリンのもとに飛び込もうとするアイの視線に光り輝く物体が入った。
クルクル回り放物線を描いてアイに向かって飛んでくる物体。
「わぁ、折れた刀だぁ」
それがなんであるかアイが気づいたと同時に、折れた刀はアイの前髪を掠りながらスパーンとアイの足元に突き刺さった。きっと、アイの胸にもっと凹凸があったら大変なことになっていただろう。時として幼児体系も役に立つ時があるのだ。
地面に刺さる折れた刀を見ながらアイの中でカウントダウン。
――3。
――2。
――1。
「おんどりゃー! アタシを殺す気か!」
禍々しい鬼気を放ったアイはどこからともなくちょー巨大ハンマーを召喚!
ハンマーの大きさはだいたい人間の脳天を一撃でクラッシュさせられるくらい。
小柄なアイの身体から想像もできない力でハンマーをブンブン振り回すその姿は、悪魔というよりは鬼神。
猪突猛進のアイちゃん。豚は猪の改良種!
アイの怒りの矛先は愛だった。
「おのれぇ愛ぁぁぁっ!」
「私のせいではないぞ、ナオキ♀が私の愛刀を追ったのだ!?」
「問答無用じゃ!」
言葉遣いが明らかに変わっちゃってるアイが第一球振りかぶる!
空振り!
「私のせいではないと言っておろう!」
「ダーリンはアタシのもんだ!」
第二球振りかぶる!
空振り!
「私の話も聴け!」
「ダーリンを返せ!」
第三球振りかぶる!
空振り三振!
紙一重でアイの猛攻を躱した愛はナオキとの戦闘以上に体力を消耗していた。
このままでは埒が明かないと判断したアイはハンマーを投げ飛ばして、サバイバルナイフを取り出した。ちなみに投げられたハンマーはどっかの誰かさんたちが団らんしていたちゃぶ台を大破。
サバイバルナイフを取り出したアイはなんと……ナオキを人質に捕った!?
「ふふふ、ダーリンを人質に捕られたら手も足もでないでしょ。アタシ天才!」
何か間違ってませんかアイちゃん?
しかし、なぜかナオキは人質気分。
「た、助けてくれ!」
ついでに愛も人質を捕られた気分。
「くっ、小癪な!」
唾を飲む音が聞こえる。
首にナイフを突きつけられたナオキは身動き一切できず、愛は折れた刀の柄を強く握り直しどう戦う?
誰もがこの先の展開を見守った。しかし、誰もいつの間にかアイが悪役に転じていることにツッコミを入れる者がいない。ここにいる者たちはどちらかと言えばボケ担当だった。この事態を打開できるのはツッコミだけ……なの?
校庭に空っ風が吹き、黄土色の砂埃が宙に舞う。
地面に映る黒い影。その人物はアイとナオキの真後ろに迫っていた。気配を忍者なみに消すことのできる者。団らんの仕返しだった。
黒い影が先端に三角の付いた棒を振り上げる。
ゴン!
後頭部を強打されたナオキが顔面から地面に転倒気絶。
ゴン!
二発目の攻撃でアイが頭を押さえて地面にうずくまる。
「いたぁ〜い……誰?」
涙目でアイが後ろを振り向くと、そこにはシャベルを構えた宙が立っていた。
「……実力行使」
――だそうです。
地面で身動き一つしないナオキをアイが慌てて膝枕で抱きかかえる。
「ダーリン、ダーリンしっかりして!」
「うっ……うう……」
微かに動くナオキの唇。
「ダーリン死んじゃヤダよ!」
「うっ……今日のパンツは、あっクマだ……あくまだ……悪魔だ……なんちゃって……」
「ダ……ダーリン、ダーリンのばかっ!」
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)