飛んで火に入る夏の虫
「ああ〜っもぉ、アナタと話しても平行線。じゃ、お先に!」
走り去るアイの背中に愛が声をかける。
「おい、待つのだ!」
教室から覗く顔顔顔。すでに学校中は大騒ぎになっていた。
刀を鞘に収めた愛はアイの背中を追う。そして、作戦変更。
ここぞとばかりに内ポケットからケータイを出した愛。もちろん時刻を調べたかったわけじゃなくて、通話のためだ。しかし、愛はケータイをしまった。
「自分の力で何とかしよう……」
愛は決意を胸に走り出す。
前を走るアイに愛が声をかける。
「おい貴様、ナオキ♀の所在がわかるのか?」
「貴様って呼び方やめてよね、アイって呼んで」
「ならばアイ、改めて訊くがナオキ♀の所在がわかるのか?」
「もちろ〜ん。ダーリンの匂いを辿ればすぐにわかるよん」
「貴様は犬か」
「わん!」
愛はアイの言葉を信じて後を追う。
廊下を抜け階段を駆け下り下駄箱を抜け、目くるめく景色の移り変わり。
ナオキは意外に簡単に見つかった。
巨大な棒切れを持ったナオキはグランドをキャンパス代わりにお絵かきをしていた。ベル先生監修のもと。
遠くからアイがナオキに呼びかける。
「ダーリン何してるの?」
「来るな、入ってくるな、魔方陣が消えるだろ!」
グランドを上空からヘリコプターで見たらわかりやすいだろう。それはまるでミステリーサークルのようだった。もうすでに教室の窓から何人もの生徒が顔を出してその紋様を見ていた。
果たしてナオキは何をしようとしているのか?
ナオキのすぐ横でベル先生が指示を出している。その通りにナオキは紋様を描いているのだ。
「そこはまっすぐ引いて、そっちと繋げて、違う違うわぉん。そこが最初に念を送る場所なんだから、もっと丁寧に描いてぇん」
「こんなもので本当に成功するのか?」
ナオキはベル先生の指図まま動いているが、本当にこれが効果を上げるものなのかは不審に思っていた。
呆然とナオキたちの行動を見てしまっていたアイと愛だったが、アイが先に動いて避雷針の上によじ登り、ナオキがいったい何を描こうとしているのかを見定めようとした。
「なにこのラクガキ……悪魔召喚の魔方陣でもなさそうだし……ベル姐はいったい?」
上から見た紋様は何かの配線コードのようで、紋様というよりは機械の内部のようだった。
ナオキの身体が止まる。全てを描き終えたのだ。
「これでいいかベル?」
「まあまあねぇん、でも問題はないでしょう」
ベル先生は白衣のポケットに手を突っ込むと、ポケットよりも遥かに大きいスピーカーを取りした。きっと白衣のポケットは四次元ポケットに違いない。
スピーカーの電源をオンにしてベル先生がしゃべりだす。
「みなさ〜ん、黙ってあたくしの話を聴くのよぉん。これから可学の実験を行うわ、モルモットはあなたたちよぉん!」
学校中に地の底で悪魔が唸っているようなどよめきが巻き起こる。
この学校の生徒ならば誰も知っている鈴鳴ベル先生の?可学?。可学とはベル先生いわく、なんでも可能にする学問であり、その根本原理は可学と魔法の融合にある。
ベル先生の実験がはじまろうとしている。たびたび行われるこの?実験?のせいで、現在も行方不明者が出ているらしいのだが、ベル先生は犯行を否認している。絶対にベル先生の仕業と思われることでも、それは公然の秘密として黙されてしまうのだ。
教室で授業をしていた生徒たちがいっせいに逃げ出す。
四角い箱に波線を描いたコイルをモチーフにした場所にナオキが立つ。
「ここから念を送ればいいんだな?」
ベルはナオキから離れた四角い模様の中から返事を返した。
「そこで念じることによって、あたくしを経由して力を増幅させるのよぉん」
何が起ころうとしてか誰にもわからなかった。
避雷針の上からスルスルと下に降りたアイはすぐに愛の横に駆け寄った。
「なにやってるかわかる?」
質問された愛は困るかと思いきや、愛にはこの幾何学模様が何であるかわかってきていた。
「これは装置に違いない。鈴鳴先生の言葉から察して、念を増幅させる装置。つまり、サイコキネシス装置と言ったところだろう」
「もっと噛み砕いて説明してよ」
「超能力発生装置だ」
もっと噛み砕くと、誰でもエスパーになれちゃうよ装置。
愛の言葉を耳にしてベル先生が高笑いをする。
「おほほほ、さすがは才色兼備の令嬢様ねぇん、正解よ。でも、きっとこのマシンの力はあなたの想像を絶するはずよ。さあ、ナオキちゃん念を送るのよ」
「任せとけ!」
ナオキが念じる、念じる、念じる。すると、念が地面に描かれた配線を経由してベル先生のいる場所へと送られ、ベル先生が念を魔法エネルギーに変換し、魔法エネルギーは次の場所で増幅され、放たれる!
強い念波が学校中を包み込み、気分の悪くなった者は早退へと追い込まれる。
念波の耐性がない人はすぐに気絶してしまい、ある程度耐えられる人は魔法の誘いを受ける。
気絶しないで残っている生徒たちが突然制服を脱ぎ出した。制服を脱ぎ捨て、下着姿になったところで発信源であるナオキの念じる力と、生徒たちの下着を脱いでたまるものかという力がぶつかり合う。
アイは魔法に対する耐性が人間よりあるので全く効果が表れてない。
「みんなどうしたの、サバトで乱交パーティーでもする気なの? 中学生のクセにみんなへえっちなのね」
この仔悪魔は全く状況を理解していなかった。ちなみにサバトとは簡単に説明しちゃうと魔女の集会のこと。
多くの生徒たちは下着を脱ぐ前に精神が尽きて気絶してしまった。そんな中で逆に強い精神力を持っている人の方が損をする。特に鳴海愛。
「くっ……自分の意思に反して手が勝手に……」
愛は上がブラジャー姿になってしまって、今はスカートと格闘中だった。
ジッパーを下ろしたり上げたり、まるで遊んでいるように側からは見えるかもしれないが、愛は真剣そのものだった。なのにアイは呑気なことを言う。
「それって人間界で流行ってる遊び? アタシもやるやるぅ」
やると言って自分のをやればいいものを、アイは愛のスカートのジッパーに手をかけてた。
「やめろアイ!」
「よっし、そっちが上に上げるなら、アタシは下に下げちゃう」
「違う違う、下げるな脱げるだろ!」
学校中が大混乱の中、微かな声がポツリと漏れた。
「……ばかばっか」
ワラ人形を持った少女――見上宙が無表情なまま現れる。
全く念の影響を受けていないようすの宙は地面に描かれている回線を足で消す。
思わずベル先生は『……あっ』という表情をする。最大の弱点を突かれた。
――念波が消えた。いや、逆流していく。
蒼ざめるベル先生。
「宙ちゃん、なんてことしてくれたのよ! あたくしの偉大な実験が……うっ」
立ち眩みを起こしたベル先生はそのまま地面に倒れ込み動かなくなった。
逆流する念波はベル先生を通して、ナオキの糧となり力となる。
「ははははっ、あ〜ははははっ、力が、力が漲ってくるぞ!」
高笑いをするナオキの身体は激しい光に包まれ、まさにそれは人間イルミネーション。
素早く着替えを済ませた愛が素早く刀を抜きナオキに襲い掛かる。
「すまぬ直樹!」
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)