飛んで火に入る夏の虫
あまりの衝撃にこの場の雰囲気が凍りつく。地域限定ピンポイント極寒。……このギャグが寒い。
凍りつくこの場を打ち砕く存在が現れた。盛大に開かれる屋上のドア。中から現れたのは制服がキュートに似合っているアイだった。
「やっほーっ、ダーリン帰ってこないから授業サボって探しに来ちゃった……えへっ」
場の空気が掻き乱される予感。混迷を深める。カオス万歳!
直樹を見るアイの表情が曇っていく。
「いつものダーリンと何か違う」
「あ〜ははははっ、当たり前だわたしは生まれ変わったのだからな、魔王ナオキとして!」
この場にいた全員が『はぁ?』というマヌケな表情をしてしまった。
恐る恐るベル先生が言葉を漏らす。
「それってギャグかしらぁん。真央直樹、まおーなおき、魔王ナオキ?」
この意見にツッコミを入れる者は誰一人いなかった。ベルさんちょっぴり寂しいです。カマってあげてください。
誰もカマってくれないのでベル先生はしゃがみ込んでショック!
「ふふ、儚いわね」
手に残る感触を感じながら愛もショック!
「ま、まさか直樹が女だったとは……」
イマイチ状況を理解できてない新参者。
「ダーリンが女ってどういうこと?」
「私は、私は触ってしまったのだ……私よりも豊満な直樹の胸を……ショックだ」
「ダーリンに豊満なバストが? うっそだぁ〜!」
アイはちょこちょこと歩き直樹の前に立つと、両手でガシっ!
手に伝わるやわらかな中に弾力性を秘めた感触。確認のためモミモミしてみると反応があった。
「あぁん、アイったらこんなところで……」
「ダダダ、ダーリン!? 女だったの……ってことは結婚サギ!? アタシとの結婚はどうなるの!? ダーリンのばかぁん!」
取り乱すアイは床に崩れてショック!
本日三人目の被害者でございます。
思い思いのショックに浸る三人を尻目に自称魔王ナオキが去ろうとする。
「ではわたしは世界征服をするのでさらばだ、あ〜ははははっ!」
立ち去ろうとした自称魔王ナオキの足首をアイがガシッと掴んで離さない。
「ちょっと待って。今思い出したんだけど、昨日アタシとお風呂入った時、胸なんてなかったよね?」
この言葉を聞いて今まで落ち込んでいたはずのベル先生が活気を取り戻して立ち上がる。
「わかったわ、全てを理解したわぁん。直樹はあたくしの作った銃の光線を浴びて人格が変わっただけでなく、肉体的にも変わってしまったのよ、そうよ、そうに違いないわぁん。やっぱりあたくしって大天才、おほほほほほ〜っ!」
頬に手を当てて高笑いするベル先生。
この場にいた全員が何となく状況把握。
こちらも落ち込んでいたはずの愛が立ち上がる。
「なるほど、こやつはナオキ♀ということだな。ナオキ♀とやら、貴様が世界制覇を企むとあらば、今から貴様は私の敵だ!」
「ダーリンに牙を剥く人間はアタシが許さない」
ビシッと立ち上がったアイの指先が愛を捕らえる。
やはり状況は混迷を深めてきた。
自分の腕に絡み付こうとするアイ腕をナオキが力強く振り払い、アイが地面にコケてスカートが巻き上がる。あ、くまだ。今日もアイのパンツはクマさんだった。
「おまえみたいな幼児体系のお子様はわたしの好みではない!」
「がぼ〜ん!」
アイちゃん的大ショック!
ショックを受けたアイはすぐさまベル先生のもとに駆け寄って、白衣の裾を何度も引っ張って目に涙を浮かべる。
「あんなのダーリンじゃないよぉ、ダーリンも酷いこというけど、あんなのダーリンじゃない。ベル姐どうにかしてよぉ、ダーリンを元のカッコイイ男の子に戻してよぉ」
「あたくしの理論が正しければ、世界の大半の問題は愛で解決するのよぉん。だから、きっと直樹のことを想う人がキスでもしてあげれば戻るんじゃないの?」
どういう理論だよ?
「アタシがダーリンにキスすればいいんだね?」
「そういうことなるかしらねぇん」
この二人の会話を横で立ち聞きしていた愛が胸の奥で何かを決意した。
「直樹に接吻すればよいのだな、わかった!」
屋上から走り去るナオキの後を愛が追った。まさか愛?
一足出遅れたアイもこの戦いに参戦。ナオキの後を追う。
屋上にひとり残されたベル先生は青空を眺めて一言。
「青春よねぇん」
こうして、もしかしたら女たちの熱いバトルに火がついたのかもしれないのだった。
授業中もお構いなしにナオキが廊下を走り、その後ろを日本刀を構えた黒髪の美少女――鳴海愛が追い、その後ろを一足送れて仔悪魔アイが走る。
その光景を幸か不幸か発見してしまった廊下側の席の人は目を丸くしてびっくり仰天。
西洋刀よりも遥かに重い鍛え上げられた日本刀を持って走る愛は分が悪い。
「待つのだナオキ♀!」
「待てと言われて待つのは犬だけだ!」
「なるほどうまいこと言うなナオキ♀」
感心してどうするんですか愛サマ!
くだらないナオキの言葉に感心している愛の後頭部に紙をまるめた物体が当たる。
「何奴!?」
「なんでアンタがダーリンのこと追ってるのよ!」
一足遅れたアイだったかが、すでに愛の真横を走っていた。
「ナオキ♀が世界制覇を企むのであらば、私はそれを止めなくてはならん」
「そんなこと言ってダーリンの唇を奪う気なのね、この女狐!」
「唇、唇、唇、私が直樹と接吻……」
遠い目をした愛はトリップ状態だった。そして、すぐに旅行から還って来て刀の切っ先をアイの喉元に突きつける。
「私が直樹と接吻したいがための行と申すのか、この不届き者小娘が!」
「小娘呼ばわりは失礼よ、これでもアタシ四二六歳だし」
「まさか、貴様も物の怪の類か!?」
「高貴な仔悪魔ちゃんだよ」
「ならば成敗してくれる!」
大きく振り上げた刀がアイの頭上を狙い、ギリギリの所で刃が止まる。
「どうだアタシの真剣白刃取り!」
「小癪な!」
刀を持つ愛の手が振るえ、アイの手もぶるぶる震えている。まさに一色触発。
廊下中にけたたましいエンジン音が鳴り響く。アイと愛は気を緩めてエンジン音がした方向を見た。するとそこには七五〇ccを超えると思われる大型バイクに跨った白衣の女性が!
「あなたたちナオキを見失うわよぉん」
エンジンを吹かしたベル先生バイクで廊下を暴走!
すでに一色触発状態を解いた二人の横をもの凄いスピードですり抜けていくバイク。確かあっちには階段があったような……、まさかあのまま降りる気なのか?
心配になって愛がベル先生を止めようとする。
「鈴鳴先生! ヘルメット被ってください!」
そこかよ!
確かにヘルメットは被らないと危ないです。よいこのみなさんはバイクに乗るときにヘルメット着用しましょう。
完全にナオキを見失った二人は顔を見合わせて睨み合う。きっと見える人には火花が見えます。
「アナタがアタシを殺そうとするからいけないのよ」
「悪魔の言うことに耳は貸さぬ」
「そーゆー偏見やめてくれる? 悪魔が全員悪い奴みたいに言わないでよ」
「悪魔は全て悪だ」
「そりゃー悪魔の中にだって悪い奴とかいるけど、特にベリアル大王様とか。でもね、グレモリー公爵様は立派な方よ」
「ベリアルとグレモリーとやらのことは知らんが、所詮は悪魔であろう!」
作品名:飛んで火に入る夏の虫 作家名:秋月あきら(秋月瑛)