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即興小説集2

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(お題:清い声/先生←思い込みが強い受け)

「おはようございます」

廊下のすれ違いざまに声をかけられる。
聞きなれた声。見慣れた笑顔。優しい微笑みを浮かべて挨拶をする彼に、今日もただただ胸が高鳴るばかりだった。
おはようございます。その一言が体の芯まで染み渡り、ボクの心を潤してくれる。
彼から発せられる言葉はどんなものでも美しく、透明で汚れがない、まるで清水のようにキラキラと輝いていた。
そんなことを考えながら、ワンテンポ遅れて「こんにちは」と返す。
すると彼は再度微笑みをこちらに向けて、ボクの脇を通り過ぎていった。

(ああ、今日も先生は綺麗だなぁ……)

彼はボクの担任の先生。そして国語の先生でもある。
彼の透き通るような美声で教科書に載っている文章を朗読されると、あまりの耳触りの良さに内容そっちのけでうっとりしてしまう。
おかげで授業どころではない。頭に残るのは、彼から奏でられる美しい音色だけだ。

(おはようございます、かぁ……)

毎日耳にする言葉だが、聞く度に彼の声が頭の中をグルグルと旋回する。
どうして先生の声はこんなに綺麗なのだろうか。
それはきっと、先生自身が汚れのない澄み切った人だからだろう。
他の大人たちとは違い、欲のない、それはもう聖人に近いような人。
だからあんなに清らかなのだ。

(そんな先生が、ボクは大好きなんだ)


****


「えーっと、急なお知らせですが……。この度先生は結婚することになりました」

朝のホームルームの時間。挨拶も早々に、先生はそう切り出した。
思わぬ報告にざわめく教室。「先生、よかったね!」というお祝いの言葉や、「先生恋人いたの!?知らなかった!」という驚きの声。
先ほどまでの静けさが嘘のようだ。
しかしそんな周囲の反応なんてどうでもいい。
その言葉を聞いた途端、電撃を受けたような衝撃が体に走った。ビリビリと痺れるような感覚が全身に残る。

(結婚!?嘘でしょ!?)

なんで、なんでそんなこと言うの!?
だって先生は他の大人たちとは違う、綺麗で透き通った声の持ち主。
微笑みはお日様のように温かくて、声音は天使の囁きのように美しい。
欲望とはかけ離れた世界に住む、神様みたいな存在だって、信じてたのに!

(先生も、普通の人間と変わりないの?)


****


キーンコーンカーンコーン、という、間延びしたチャイムの音が耳に届く。
最終授業の終わりの鐘。いつも通りつまらない授業が終了し、クラスの人たちが学校から解放される喜びに沸き立っている。
しかしボクは席から離れる気力がなく、頬杖をつきながら周りの様子をボーっと眺めるばかりだった。

(先生、結婚するのか……)

朝の言葉を思い出す。はぁ、と朝から数え切れないほどのため息を吐いて、机に突っ伏した。
『先生は結婚することになりました』。これまでは繊細な光りを放っていた彼の言葉も、今では酷く汚い雑音にしか聞こえなくなってしまった。

(先生だけは、信じてたのに……)

ズキズキと胸が痛む。
裏切られた。そう思うと、心の奥底から怒りが沸いてくる感覚に襲われた。
悲しみはだんだんと憎しみへと変わっていき、わなわなと体が震えてくる。

(今に見てろ。絶対に許さないからな)

重い体を持ち上げて席を離れる。

先生のせいでどん底まで落とされちゃったよ。
悲しいなぁ、寂しいなぁ……。
先生にもこの気持ち、分けてあげたいな。


****


「先生って、デキ婚だったらしいよ」

クラス中に広まる噂話。
どうやら彼の奥さんは妊娠中で、責任をとるために結婚に至ったらしい。
ますます幻滅だ。あの優しい態度の裏ではこんなことをしていたなんて。
あれだけ心地好かった彼の声音も、周囲の騒音と同じように不快感を与えるだけのものに成り下がってしまった。

「ほら、ホームルーム始めるぞー」

ガラッと教室の扉が開け放たれる。
教卓に向かう先生の姿に、生徒達も慌てて自分の席へと戻る。
もう姿を見るのも嫌になってきた。視界に入る先生から目を逸らし、はぁ、と小さくため息をつく。
今日も億劫な一日が始まった。


****


(先生の住所は……うん、この距離なら余裕で行けるな)

放課後、ボクは人気のない教室でプリント用紙の裏と睨めっこをしていた。
そこに書かれているのは先生の住所。本人に聞いたのではなく、クラスメイトから入手したものだ。
頭で何度も作戦を繰り返し、うん、うん、と一人で頷く。
大丈夫。至極単純なものだ。ボクにも出来るはず。

「さて、そろそろ行くか……」

空が赤と青に混じる夕暮れ時。
ふぅ、と短く息を吐いてから、プリントの裏に書かれた場所へと足を運んだ。


****


ピンポーン、とチャイムを押す。
駐車場に車はない。ということは、先生はまだ帰ってきていないはずだ。
そんなことを考えていると、玄関の脇についているインターホンから声がした。

「はーい、どなたですか?」

若い人の声。こいつが先生の奥さんか。
そう思えば思うほど酷く耳障りな感じがして、思わず両耳を抑えたくなる。我慢、我慢。

「えっと……先生に用事があって来ました」
「あぁ、それならまだ帰ってきてないよ」
「あー、そうなんですか……」

ドキドキと鼓動が早まる。大丈夫かな、上手くいくかな?
ここにきて迷いが発生してきた。汗ばむ右手に力が入る。

「で、でも、あの、渡して欲しいものがあって、その……」
「そうなの?じゃあ代わりに渡しておこうか?」
「あ、えっと、はい。お願いします……」

ああ、いよいよだ。瞬きも忘れて扉を凝視する。
開くかな?出てくるかな?成功するかな?
疑問ばかりが頭に浮かび、思考を支配する。
もうここまできたんだ、やるしかない。

ガチャリとドアノブが回り、先生の奥さんが家から出てきた。
心臓はパンク寸前だ。
肩に掛けているスクールバッグの裏に隠した右手に意識が向く。

「はい、おまたせ」

これから被害者になるであろうその人は、無防備にもドアの奥からのこのこと姿を現した。
ボクがこれから犯罪に手を染めようとしているとは微塵も感じ取っていないのだろう。好都合だ。
子供が宿っている場所に目を向ける。まだお腹は膨れていない。分かりづらいな。
無言で突っ立っているボクを不思議に思ったのか、「どうしたの?」と再び声をかけてくる。
その言葉をきっかけにして、ボクは右手に持っていた刃物を相手の子宮めがけて一気に突き刺した。

「えっ……?あっ、なに……?」

状況が飲み込めないのだろうか。叫ぶでもなく、喚くでもなく、自分の腹部に刺さった刃物に目を向ける彼女。
ちょっと場所がずれていたかもしれない。
一旦引き抜いて、赤ちゃんがいるであろう部分に刺し直す。
生々しい音が耳に飛び込んでくる。気持ち悪い感触。血生臭い、嫌な臭い。
その人の体から刃物を抜き取ると、どさりと音を立ててその場に倒れこんだ。
何か喋っているみたいだが、もう聞きたくない。よくここまで耳を塞がずにいられたものだ。
耐え切れなくなって、血に濡れた刃物を握り締めたまま耳を抑える。
作品名:即興小説集2 作家名:凛子