即興小説集2
(1時間/お題:わたしの好きな、と彼は言った/父×息子)
僕は外の世界を知らない。
窓から眺める景色は季節によって変わるけど、毎日の変化は微々たるものであまり面白いとは思わなかった。
ガラスに手をあてる。きっと外の世界はこんなちっぽけな空間とは比べ物にならないほどたくさんの物に溢れていて、色々な出来事が待ち受けているのだろう。
でもそんなものに興味はなかった。ここから逃げ出す気もさらさらない。
このガラスを破るのは簡単なことなんだろうけど、僕はここで充分だった。
だってここには、パパがいるから。
「やぁ、おはよう。朝ごはんを持ってきたよ」
「パパ!」
コンコンと扉をノックする音が聞こえたかと思えば、パパがひょっこりと顔を出した。
優しい笑みを浮かべるパパの元に軽い足取りで駆け寄る。
ぎゅっとお腹に抱きつけば、「こらこら、料理がこぼれちゃうじゃないか」と優しく頭をなでなでされる。
それでも僕が離れずにいると、「全く、甘えん坊なんだから」と困った風に笑ってから一旦料理を近くの棚に置き、僕を抱き上げてテーブルがあるところまで運んでくれた。
テーブルの前に僕を座らせた後に改めて料理を並べて、「さぁ、お食べ」と隣に座ったパパが声をかける。
その一声を聞いてから僕は食事をとるのが決まりだった。いくら美味しい料理が目の前に並んでいても、パパがいいよって言わないと食べちゃ駄目だと、散々言って聞かされた。
パパがそう言うんだからそれがマナーなのだろう。頭の良いパパが言うことは全部正しいんだ。
「いただきます」と食事の挨拶をしてからパンを手に取り、一口かじる。ふわふわしていて美味しい。
「美味しいかい?」とふんわりとした笑みを浮かべて言うパパに、「うん、とっても美味しいよ!」と素直な感想を述べる。
パパが持ってきてくれた料理が美味しくなかったことなんて一度もない。当たり前だ、だってパパが作ってくれるんだから。
「……男の人、」
「ん?なんだい?」
両手でパンを持ちながら、パパに問う。
僕の顔を覗くパパの瞳は今日も綺麗だった。僕と同じ色の目。
パパと一緒の色だね。僕、とっても嬉しいよ。と、ベッドの中で言ったことがある。
その時のパパの嬉しそうな顔はきっと一生忘れないだろう。
「今日の朝、お客さんが来てたでしょ?男の人。あの人、誰?」
「ああ、あいつか」
あいつか、というパパの言葉に胸がチクリと痛んだ。
よく分からないけど、仲良しなのかな。パパが人のことをあいつ呼ばわりするのは初めて聞いた。
ずるい。パパは僕のパパなのに……。
「なんでもないよ。野暮用でうちに来たみたいだ。気にすることはない」
「でも……」
食い下がろうとしない僕の頭をぽんぽんと軽く叩いてから、「いいから。お前は気にするな」とパパは繰り返し言った。
パパがそういうなら気にしないことにしよう。でも、やっぱりちょっとだけ気になるなぁ……。
もの言いたげな目でパパを見つめていると、「ほら、料理が冷めてしまうよ」と食事を促された。
言われるがままにパンからスプーンに持ち替えてスープをすくい、口に入れる。少しぬるくなっていたけど、それでも口いっぱいに美味しさが広がった。
「ひとつだけ、いい?」
「うん、ひとつだけ、ならね」
「パパはその人と仲良しなの?」
パパの目をまっすぐ見て言うと、パパは少しだけきょとんとした後に「ははっ、面白いことを言うね」と可笑しそうに笑い声を上げた。
いたって真面目に質問したので、まさか笑われるとは思っていなかった僕はパパに代わってきょとんと呆けてしまった。
パパが笑うってことは、やっぱり仲良しなのかな?
「仲良しどころか、むしろ敵かもしれない。彼は私とお前を引き離そうとするんだよ」
「えっ!?」
敵なの!?
想定外の質問に、思わずスプーンを落としてしまった。
カラン、と音を立てて床に落ちたスプーンをパパが拾い、「ほら、ちゃんと持ちなさい」と紙ナプキンで拭き取ってから渡してくれる。
それを受け取りながら「引き離すってどういうこと!?」と身を乗り出してパパに問い詰めると、「質問はひとつだけ、とさっき言ったじゃないか」とはぐらかされた。
そういえばそんな約束してたっけ。でも、引き離すだなんて、どうしてそんなひどいことをするのだろう。
僕にはパパしかいないのに……。
再びスープにスプーンを浸してから、もう一個だけ、これだけは聞いておきたいことをパパに質問する。
「……パパは、どこにも行かないよね?僕をおいてどこかへ行ったりしないよね?ずっとずっと一緒にいてくれるよね?」
半分涙目になりながら縋るように問いかけると、パパはいつものように優しくて暖かい、僕が大好きな微笑みを浮かべて言った。
「当たり前だ。だってお前は私の大切な息子だからね」
髪を指に絡ませるようにゆったりとした手つきで頭を撫でられる。
そうだよね、パパはどこにも行かないよね。だって僕たち、親子だもんね。
気持ち良さに身を任せながらぼんやりと考える。
目を瞑ってパパに寄りかかっていると、耳元でそっと囁かれた。
「私の好きな、たった一人の愛しい息子よ」
うん、パパ。僕も好きだよ。
言葉に出す代わりに、そっとパパに口付けを落とした。
僕は外の世界を知らない。
窓から眺める景色は季節によって変わるけど、毎日の変化は微々たるものであまり面白いとは思わなかった。
ガラスに手をあてる。きっと外の世界はこんなちっぽけな空間とは比べ物にならないほどたくさんの物に溢れていて、色々な出来事が待ち受けているのだろう。
でもそんなものに興味はなかった。ここから逃げ出す気もさらさらない。
このガラスを破るのは簡単なことなんだろうけど、僕はここで充分だった。
だってここには、パパがいるから。
「やぁ、おはよう。朝ごはんを持ってきたよ」
「パパ!」
コンコンと扉をノックする音が聞こえたかと思えば、パパがひょっこりと顔を出した。
優しい笑みを浮かべるパパの元に軽い足取りで駆け寄る。
ぎゅっとお腹に抱きつけば、「こらこら、料理がこぼれちゃうじゃないか」と優しく頭をなでなでされる。
それでも僕が離れずにいると、「全く、甘えん坊なんだから」と困った風に笑ってから一旦料理を近くの棚に置き、僕を抱き上げてテーブルがあるところまで運んでくれた。
テーブルの前に僕を座らせた後に改めて料理を並べて、「さぁ、お食べ」と隣に座ったパパが声をかける。
その一声を聞いてから僕は食事をとるのが決まりだった。いくら美味しい料理が目の前に並んでいても、パパがいいよって言わないと食べちゃ駄目だと、散々言って聞かされた。
パパがそう言うんだからそれがマナーなのだろう。頭の良いパパが言うことは全部正しいんだ。
「いただきます」と食事の挨拶をしてからパンを手に取り、一口かじる。ふわふわしていて美味しい。
「美味しいかい?」とふんわりとした笑みを浮かべて言うパパに、「うん、とっても美味しいよ!」と素直な感想を述べる。
パパが持ってきてくれた料理が美味しくなかったことなんて一度もない。当たり前だ、だってパパが作ってくれるんだから。
「……男の人、」
「ん?なんだい?」
両手でパンを持ちながら、パパに問う。
僕の顔を覗くパパの瞳は今日も綺麗だった。僕と同じ色の目。
パパと一緒の色だね。僕、とっても嬉しいよ。と、ベッドの中で言ったことがある。
その時のパパの嬉しそうな顔はきっと一生忘れないだろう。
「今日の朝、お客さんが来てたでしょ?男の人。あの人、誰?」
「ああ、あいつか」
あいつか、というパパの言葉に胸がチクリと痛んだ。
よく分からないけど、仲良しなのかな。パパが人のことをあいつ呼ばわりするのは初めて聞いた。
ずるい。パパは僕のパパなのに……。
「なんでもないよ。野暮用でうちに来たみたいだ。気にすることはない」
「でも……」
食い下がろうとしない僕の頭をぽんぽんと軽く叩いてから、「いいから。お前は気にするな」とパパは繰り返し言った。
パパがそういうなら気にしないことにしよう。でも、やっぱりちょっとだけ気になるなぁ……。
もの言いたげな目でパパを見つめていると、「ほら、料理が冷めてしまうよ」と食事を促された。
言われるがままにパンからスプーンに持ち替えてスープをすくい、口に入れる。少しぬるくなっていたけど、それでも口いっぱいに美味しさが広がった。
「ひとつだけ、いい?」
「うん、ひとつだけ、ならね」
「パパはその人と仲良しなの?」
パパの目をまっすぐ見て言うと、パパは少しだけきょとんとした後に「ははっ、面白いことを言うね」と可笑しそうに笑い声を上げた。
いたって真面目に質問したので、まさか笑われるとは思っていなかった僕はパパに代わってきょとんと呆けてしまった。
パパが笑うってことは、やっぱり仲良しなのかな?
「仲良しどころか、むしろ敵かもしれない。彼は私とお前を引き離そうとするんだよ」
「えっ!?」
敵なの!?
想定外の質問に、思わずスプーンを落としてしまった。
カラン、と音を立てて床に落ちたスプーンをパパが拾い、「ほら、ちゃんと持ちなさい」と紙ナプキンで拭き取ってから渡してくれる。
それを受け取りながら「引き離すってどういうこと!?」と身を乗り出してパパに問い詰めると、「質問はひとつだけ、とさっき言ったじゃないか」とはぐらかされた。
そういえばそんな約束してたっけ。でも、引き離すだなんて、どうしてそんなひどいことをするのだろう。
僕にはパパしかいないのに……。
再びスープにスプーンを浸してから、もう一個だけ、これだけは聞いておきたいことをパパに質問する。
「……パパは、どこにも行かないよね?僕をおいてどこかへ行ったりしないよね?ずっとずっと一緒にいてくれるよね?」
半分涙目になりながら縋るように問いかけると、パパはいつものように優しくて暖かい、僕が大好きな微笑みを浮かべて言った。
「当たり前だ。だってお前は私の大切な息子だからね」
髪を指に絡ませるようにゆったりとした手つきで頭を撫でられる。
そうだよね、パパはどこにも行かないよね。だって僕たち、親子だもんね。
気持ち良さに身を任せながらぼんやりと考える。
目を瞑ってパパに寄りかかっていると、耳元でそっと囁かれた。
「私の好きな、たった一人の愛しい息子よ」
うん、パパ。僕も好きだよ。
言葉に出す代わりに、そっとパパに口付けを落とした。