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大竹 和竜
大竹 和竜
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Mut-ae-volution 射手 第二章

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 ニュースは続く。画面は、昨日見た事件現場の光景。端っこには、豪雨の向こうに見たスーツの男の顔が映されていた。
「発見された遺体の胸には、アーチェリー用の矢が刺さっており、道路の反対側から狙撃されたとされています。また、矢からはペースト状の物体と、その中から猛毒が検出されており、何者かによる暗殺と思われております。しかし、死亡推定時刻にはバケツをひっくり返したような雨が降っており、外部からの狙撃が可能とは言いがたく、捜査は難航しているようです」
 それを聞いても特に気に留めることはない。見せしめのための暗殺なのだ。遺体が見つからなければ意味がない。矢を放った当人からしてみればやや滑稽に聞こえるが、そうなるように仕込んだのだ。矢が飛び込んで割れたガラス窓から、ほぼ確実に射撃位置はばれそうなものだったが、予想外にてこずっているようだ。
 コーヒーをもう一口すする。シリアルと一緒にするには甘すぎたようだ。思わず顔をしかめた。
 スーツの男暗殺のニュースは続いている。
「被害者は、民主和党の中でも、キメラ症関連法案について革新的かつキメラ症患者に友好的でした。しかし、キメラ第一民主主義の方針には苦言を呈しており、先日の『キメラ民主の方針は、キメラ症のゆがんだ優越感が肥大した悪性の腫瘍、変異だ』との発言が波紋を呼んでいました」
 この発言には、軍服の男が激怒していたな。そう思い出したが、これまたコーヒーの味に比べればどうでもいいことだった。
 自分自身も多少はこのスーツの男の発言にむかっと来たものがあったが、自分の周りことを考えると分からなくもない。彼の雇い主である、キメラ民主の、ライオン頭の党首は確かに優秀だ。差別されながらもどこかの国のいい大学を出て、弁護士の資格だとかを持っているらしい。しかし彼も自分と同じ、ただのキメラ症患者だと考えると、自分が党首だったら、もうすこし穏やかに事を運ぶだろう。そう思っている。
 中途半端な言葉で、暗殺事件のニュースが終わる。明日の天気予報が流れ始めた。どうやら明日の天気は晴れらしい。
 「そろそろ寝るか」
 普段から口数は多くない方だが、家でぽつぽつと、こういった独り言を零すことはある。この一言は寝る前に必ずといっていいほど言っているのだな、と今更ながら気が付いた。
 「あ、あれ見なきゃ」
 しかし、軍服の男に渡された、アーチェリーの映像を見ていないのを思い出してしまう。仕方がないので、ノート型パソコンで、ベッドの上で寝転がりながら見ることにした。

 翌週、彼は街の郊外にあるだだっ広い、ただの空き地のような場所にいた。周囲は汚らしいラクガキを施されたアスファルト壁やら、その向こうの何処に植わっているのか、広葉樹の枝、低いビルが見えるぐらいで、人はほとんど皆無だ。
 先週のあの日、軍服の男に、ここに集合するように言われてここに着た。動きやすい格好で来るよう言われていたので、普段のようなスーツは家に置き去りにして、着古したミリタリーパンツに長袖のTシャツを着ている。あとは適当な、申し訳程度のジャージを羽織っている。暫くクローゼットの奥に眠っていたもので、すこしばかり樟脳臭い。
 家に居てもすることがないので、朝起きてさっさとここにきてみたが、やはりやることもなくただぼうっとするしかなかった。この国は南米でも高緯度地域にあるため、それなりに冷える。雑草と赤土が半々ぐらいで広がっている空き地に風が吹く。砂煙が上がった。
羽毛に砂が絡まりそうで少しうっとうしい。
 この場所まで来るには一苦労あった。自宅のある街から、電車で三十分。更にそこから二十分は歩いたのだ。もう準備運動は十分だ、そう思う。
こんなとき、この国のキメラ症事情を思い知らされる。その辺に倒れていたドラム缶に腰掛け向こうを眺めて見れば、健常者が運転する乗用車。胸の奥が締まる思いになった。
 キメラ症患者には、見た目や症状は様々といえど、人並みの生活を送ることができる者も多い。海外ではキメラ症患者だけを引っかき集めた警察の隊ができたりしたようだが、この国のキメラ症事情は、そんなようなことも関係なかった。キメラ症患者は、症状にかかわらず重度の病人として――もしくは人間ではないものとして――さまざまな権利を奪われている。選挙権はさすがにあるが、公職に着くことは困難だ。さらには運転免許を得ることも出来ない。どん底にもなると、スラムで健常者に蹴られるようなホームレスをやらされかねない。
「車の一つぐらい運転したいな」
 今朝はシャワーを浴びたが、散々歩かされたので体が汗ばんでいる。以前には羽毛が汗を吸って、酷い臭いがしたこともあった。自動車に乗れればこういうこともないだろうに。
 そうして羨ましがりながら、往来する自動車を見るともなく眺めていた。普段使っている弓が入った、くたびれたバッグを抱えたまま。
 そのうち、一台のセダンが往来の中から空き地にそれてきた。運転席には、スポーティな服装の金髪の白人女性がハンドルを握っていた。金髪を前髪ごと後頭部で束ね、団子のようにしたヘアスタイルをしている。かわいらしいでこっぱちだ。助手席にはなんとなくどこかで見たような、犬頭の若者がいた。
 先日、軍服の男にコーチが女性だということは聞いていたが、助手席にいるシェパード犬の頭をした若者のことは聞いていなかった。何か犯罪沙汰のことを起こすわけではないからうろたえたりはしないが、誰だろうか。
 セダンは土煙を上げて適当に空き地の端に止まった。その二人が降りてくる。コーチと思しき女性は白いジャージをぴったりと着こなしている。まだ三十代の前半だろうか。尻尾を生やしたシェパードの若者も、どこか重い表情をしているが、それを隠すかのようにコーチと談笑している。はたから見ると無表情な自分が一番老けているようにも見えるかもしれない。
「あなたが、連絡にあったカーターさんね?今日からあなたのコーチになるリンよ。よろしくね」
 そう名乗った女性は、綺麗な指で握手を求めてきた。爪には透明なマニキュアをしているようだ。
こちらもお決まりのように名乗ると、握手。コーチは続ける。
「こっちが、あなたと一緒に私が面倒を見るヨシュア。キメラ症同士仲良くしてあげてね」
「よろしく、え~と、カーターさん」
 ヨシュアと名乗った彼とも握手をした。毛皮同士の握手で少し暑苦しい。
「フランシス、でいいよ。皆そう呼ぶし」
「じゃあ、よろしく。フランシス」
 ヨシュアははつらつとした声でそう言った。
 自分の名前を言う程度の、軽い自己紹介を終える。予想外の事態、つまりヨシュアの出現には、混乱というほどのものは起こしていなかったが、戸惑いは覚えていた。
目の前の犬頭は最初こそ、何故か重たい表情を浮かべてはいたが、キメラ症患者にしてはえらく明るいのだ。自分はどうだかよくわからないが、普通ではない人間であることは確かで、この犬頭のようなキメラ症患者も初めて見た。思ってみれば人生で初めての体験だ。
「さぁ、早速だけど二人とも、練習始めるわよ。準備手伝って!」