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大竹 和竜
大竹 和竜
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Mut-ae-volution 射手 第二章

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フランシスはキメラ第一民主主義の党本部で、暗殺者としての資料整理を終えた。そして、アーチェリー選手としての彼に今後必要な資料を持って帰宅した。貧しい小国にしては割と大きいマンションの一室が彼の部屋だ。
 居間には複雑な幾何学模様の描かれたカーペットが敷かれている。その上にはちょこんと、木製のテーブルが置かれていて、それなりに豪華に見える。そんな部屋に戻ると、まずは革製の薄い鞄をテーブルの上に置く。少し疲れた気もするが、ため息は我慢して、そのままジャケットを脱いでクローゼットにしまい込んだ。
 テレビを点ける。日本製の中古の液晶のやつだ。先進国ではもっと薄い有機ELディスプレイが出回っているのだが、高くて手が出ない上に、そうほしいものでもない。
ぱっと明るくなった画面では丁度、夜中の国営テレビでニュースが始まったところだ。ソファに座って、足を組む。テーブルの上をみれば、資料の入った封筒が鞄からはみ出していたが、その脇で、羽毛が一枚寂しそうに鎮座していた。彼自身の体から抜け落ちたらしい。なんだか放置する気にならないので、それをつまんでゴミ箱へほいと入れてやると、再び鞄に目を向ける。その封筒を引っ張り出した。
 「スポーツか」そう呟くと封筒を閉じている紐をほどく。中にはアーチェリーのルールや練習法、トレーニングの内容などが書かれた資料が詰められていた。他には、スポーツ選手として、自分がとるべき行動、食生活、などのマニュアルも入っていた。あらかた中身を取り出してから、封筒の底に何か詰まっているのに気付く。羽毛がびっしりと生えた指先に、何か硬いものが当たっているのだ。封筒の縁をトントンとたたいてみれば、それが封筒から滑り落ちてきた。今や古臭いコンパクト・ディスクの入ったソフトケースだった。表面には油性のマジックでこう書いてある。『競技大会の映像。参考にしてくれ』と。軍服の男の字だった。すぐに軍服の男のおせっかいだとすぐ分かったので、気が向いたら見ることにした。
 資料を読み始める。キメラ症患者と、健常者の行う競技の違いから資料は始まっている。キメラ症向けのアーチェリー競技は、最長百十メートルあるということが記されていて、驚いたものだ。普段の仕事では、確実にターゲットを仕留めるのに、長くても四十メートルまでは近づくものだったのだが。
 健常者用のアーチェリーの距離でさえ、長くても男子の九十メートル。キメラ症患者は健常者をさまざまな面で凌駕する能力を持ちうる。それゆえ、健常者よりも長い距離を設定されている、と書かれている。自分の視力みたいなものだろうか。
資料には、アーチェリーについて克明に記されていて驚いたものだった。こんなものがあったとは、と思う。
 少々暑苦しい。ワイシャツのボタンを二、三外す。ふかふかとした羽毛が、こぼれる様に胸元に広がった。この姿では、健常者と同じ格好をするには少々暑い。
 ワシの頭を首の上に乗っけている理由は、キメラ症とはいっても、その二次感染者だからだ。ウィルスを最初にもらった母は一次感染者ゆえ、姿こそ健常者だったらしい。しかし、ウィルスに蝕まれて、彼を産んですぐ死んだ。父も同じらしい。どちらの顔も覚えていないし写真も残っていない。どちらがどちらにウィルスを移したとかも知ったものではない。
何故二次感染者が、自身のようになるのか。母親の胎内で、遺伝子をすり替えられた一つの細胞から体が作られるためだ。一次感染者は体が完成した後にウィルスに感染しているので、体は変化しないまま、身体機能が侵されて死んでしまう。キメラ症は、二十世紀末から流行を始めたエイズに非常に似た感染経路を持つ。すなわち性交渉や輸血、血液製剤などで、体液を介して人から人へ、また動物から人へと感染していく、とのことだ。これはキメラ民主で教育されたことだった。
 感染経路ゆえ、両親のいないトリ頭や犬頭が、施設だとかで育つことも少なくない。
 フランシス自身もご他聞に漏れずキメラ民主の施設で育てられた。そして、いつの日からか、今のような暗殺者としての生活をはじめたのだ。世間のことなどまったく知らなかった。いや今でもだ。だから、今日渡されたこの資料には驚きが詰まっていると思う。しかし、不思議と「やってみたい」と思うことはなく、キメラ症のためにやらなければならない、そう思う。
 そうしてしばらく資料を読みふける。アーチェリー以外の資料、いつも読まされる行動マニュアルだとかも、いつもと違って新鮮だ。食生活まで決まっており、いつも自分で食べている、シリアルと卵ばかりではなく、色の濃い野菜から、高たんぱく低カロリーな食材まで並んでいる。「貧乏小国にありながらここまでするか」と、党の期待が感じられると、珍しく緊張してしまう。
 資料を読み終えるころ、彼は眠気に負けそうになってようやく疲れているのに気がついた。軽い夜食にと、シリアルとミルクを大目にいれたコーヒーを用意した。
 コーヒーをすすると、今になってテレビに目を向ける。テレビのニュース番組が芸能ニュースの放送を終え、事件性のあるニュースに切りかわったところだった。
 中年の白人男性が、神妙な面持ちで原稿を読み上げていく。
「はじめに、先日最高裁判所で、公共機関がキメラ症患者の入場や利用を拒否できるという判決が出た裁判で――」
 このニュースは興味のあるものではあったが、党で散々話を聞いている。それに今は頭が働かない。それより今は何か口にしたい。スプーンでシリアルをすくって口の中へと運ぶ。シリアルのサクサクとした歯ごたえがいい。
 もう一口目をスプーンですくったところでふと、さきほどの資料で読んだ、キメラ症患者と健常者の行う競技の違い、という言葉が浮かんだ。すこし変形すれば、キメラ症患者と健常者の違い、になる。そういえば、テレビに映っている裁判所の前のハトは、くちばしで盛んに地面をつついている。街路樹から落ちた木の実でも食べているのだろうか、やや不器用な感じだ。同じような面構えの自分は、ちゃんと噛んで食べている。そういえば、自分のクチバシには専用の差し歯のようなものが植わっているのだった。たしか自分の細胞から何かの技術を使って作ったものだったか、ちゃんと歯磨きをしないと虫歯になる代物で、さっきの文章にあったような違いなど見当たらない。クチバシの端にも唇がわりの柔軟な組織がはめられ、食事には難儀しない。施設にいたころ、これを党の補助金で体に入れる前はそれは粗悪な矯正具をつけ、コーヒーも温かいものをストローで飲む始末だった。それでもテレビのニュースのように権利は認められないのだろうか――。
 その考えに詰まって、一瞬ぼーっとしてしまったあと、見てみればスプーンからシリアルはすっかりこぼれてしまっていた。再度すくって、味わう。そして気付いた。先ほどまで読んでいた資料には、食生活に注意するよう書かれていたのだ。すっかりそれを忘れていて、思わず苦笑するが、メニューを変えるのは明日からにしようと決めた。
「続いては、今朝、市内のホテルで、民主和党の党員が遺体で発見された事件についてです。発見された遺体は、与党である民主和党の…」