ヤマト航海日誌
2016.6.23 スケベ人間の方舟
さてと前回、『2199』の収益はやっと黒字が出た程度だという話をちょっとしたね。あれについては、今年の初め頃だったかな、図書館で〈キネマ旬報〉って雑誌を見ていて、昨年のアニメ映画の興行成績がどうとかいう記事があったのをおれは読んでたんだよ。
とは言っても軽く目を通しただけだし、何ヶ月も経っているから順位とか細かい数字は憶えていない。しかしそんなのどうでもいいだろ。思い出せる範囲でここに挙げてみよう。
ええと確か、ダントツの堂々一位は細田守監督作品『バケモノの子』だったよな。成績は『ヤマト2012 エメリッヒな方舟』のざっと三十倍。まあ当然の結果でしょうね。おれは見てないけれど。
次に来るのが『ドラえもん』とか『名探偵コナン』とか、ポケモンやらなんやかんやの劇場版で、成績はそれぞれ『ヤマト』の二十倍前後。これも当然の数字だろうけど、他に子供に見せるもんがないのかよ。子供の方で他に見ようとしないのかなあ。まあピクサーがあるからいいのか。
で、その次がよくわからんがＡＫＢだかＫＧＢだか〈48〉のアニメ版みたいなやつで、客の入りは『ヤマト』の十倍。もうホントにどうでもいいです。ミミズと一緒でとにかく近寄りたくないです。
そのまた次が『艦これ』だの『ガルパン』だの、また題名忘れたけど『おっぱいブルーノア』みたいなやつの劇場版。これがそれぞれ『ヤマト』の五倍くらいですか。これも近寄りたくないと考えはする一方で、パチンコ台であったら打ってもいいかなと思ってしまう自分がちょっといたりします。なんだよ。悪いかよ。いいだろ別に。
次が『ガンダムオリジン』で、『ヤマト』の確か三倍くらい？ やっぱシャアの力ですかね。これはそもそも〈映画〉でも〈テレビアニメ〉でもない完全なＯＶＡなんだろうから、この数字でも充分に健闘したと言えるとこでしょ。たぶん、だいたいここまでくらいが、劇場での上がりだけで制作費が回収できた線なんだろう。
で、我らが『エメリッヒな方舟』。この結果がどうかと言うと、アハハハ、見事にボロボロの惨敗成績。これより下はもうなんだろう、〈貧しさに敗けたアニメ〉とか、〈いいえ世間に敗けたアニメ〉みたいなのしかないという。
それでも大ヒットしたことになっているのはいるんですね。そりゃそうだろねえ。アッツ島だってサイパンだって、勝ったことにするもんねえ。コケたものをコケたと言う興行主はいないよなあ。
まあけれどもこれくらい、おれがここに書かなくたって皆さんの方が知ってるでしょう。誰も読まないものを書いてるおれが言うことでもないだろうけど、天下の『宇宙戦艦ヤマト』が『おっぱいブルーノア』にもまるで力及ばぬとは情けない。
しかしそれも当然だ。『2199』に美少女は岬百合亜ひとりだけ。森雪とか山本とかは十八歳のおばさんだもんね。萌え美少女が十人出てきて萌え萌えなアニメとか、二十人出て萌え萌え萌え萌えなアニメとか、三十人の萌え美少女が萌えて萌えて萌えまくるアニメに勝てるわけがない。
そして『ＡＫ47』に『ブルーノア』の倍の客が入るのもごく当然のことである。ヲタクはどうせ女の子が萌え萌えしてりゃそれでよく、ドラマなんかなくていい、むしろない方がいいんだから。
お話なんかどうせあってもつまらんし、アクションシーンもまったく要らない。何がどれだけ爆発しても女の子らは絶対に傷を負わぬとわかってるのに、見てどうしてハラハラと先が気になるものになるのか。
なあ、そうだよなあ、大将！ パチンコなら戦闘が見てドキドキするわけだよ。ストーリー・リーチがかかるとアツいんだよ。だから『おっぱいブルーノア』でも、おれはいいと思うんだけど、アニメやラノベの戦闘なんて、別に当たれば玉が出るわけでもなんでもないんだし。ただ意味なくドカーンバコーンするだけのもん見たって何がおもしろいのか……。
ねえ、そうだろ。君らだって本当は、やっぱりそう思ってんだろ。『こんなもん要らね』って。『ドラマやアクションなくていいから入場料半分にしてくれればいいのに』とか。そんなふうに思ってんだろ。
言ってやれよ、製作委員会とやらに。『何も起こらない話の方がいいと思ってるわけじゃなくて、あなたがたの作る話がただつまらないだけです』って。
でもまあ、言うだけ無駄だろうがね。テレビ見ていて今のアニメにチャンネルが合えば、必ず《小鳥遊》と書いて「タカナシ」と読むキャラがいる。別の局にチャンネル変えるとそこにも小鳥遊がいる。その女が名前についての愚痴をグチグチ言いたれるのをたぶん誰もがつまらないと思っているのに、やめられないのだ。そうだろなあ。
出渕裕とオタク第一世代の前で、うっかり、もうこれやめましょうよと誰かが口にしようもんなら、きっとそのたび暗い顔して出てって首を吊っちゃたり、窓から飛び降りちゃったりするのがひとりかふたり出るんだろう。だからみんな怖くて決して本当のことが言えなくなってるんだろう。
そうだよなあ。おれなんかは、出渕裕が自殺したと聞いたならウヒャヒャと笑ってそれでいいんだと思うだけだが、その死体を直に見ることになるやつはたまったもんじゃないだろからなあ。
ヲタクが選民でないことをガビーンと思い知らされる瞬間でもあるわけだろ。そりゃ言えなくもなるだろうよ。『〈小鳥遊でタカナシ〉はもうやめましょう』なんてこと。
いっそみんなで練炭パーティーすればいいのに。『ヤマト エメリッヒな方舟』も、出渕裕が作るんだから、どんな話か見なくてわかるというもんだ。イスカンダルから地球に帰る途中の話なんだろう？ なら簡単だ。乗組員の中にひとり、悩み顔で展望室に立っている萌え美少女がいるんだな。
〈ぶっちゃん古代〉が「どうしたの」と言って近づく。
彼女は言う。「艦長代理。〈ヤマト〉の帰りを一日遅らせられないでしょうか」
「なんだって？ 今のままなら十一ヶ月で地球に着くんだ。その頃にはアニメをバカにする者はみんな死んでいるだろう。それでちょうど、選民であるオタクだけの新しい社会が建設できるんだよ。君にはそれがわからないのか」
「わかっています。『一日早く』なんていうのではありません。『一日遅く』と言ってるんです」
「なら、わからんこともないが……それにしてもどうしてまた？」
「あたしは、帰国子女なんです。日本人だけど日本生まれではないんです」
「ふうん。けれどそれがなんなの？ 君はどこの生まれだというんだ」
「スケベニンゲン」
「え？」
「あたしは、スケベニンゲン生まれなんです！ あたしは自分の生まれが憎い！ スケベニンゲンなんて名前の国は無くしたい！ スケベニンゲンの人間は、十一ヶ月と一日目にみんな死にます！ だから〈ヤマト〉があと一日遅れるだけでいいんです！ 帰還を一日遅らせてください！」
「バカ！」
と言って、古代は彼女の頬を張る。
「そんな名前がなんだというんだ！ ボクは黒人や日本人以外の黄色人種をひとりも生かすつもりはない。しかしスケベニンゲンの人間は別だ！ 必ず十一ヶ月で戻ってスケベ人間達を助ける！」
「ああ！ ごめんなさい、艦長代理！ あたしが間違っていました！」
「わかればいいんだ！」