ヤマト航海日誌
2015.7.26 宇宙潜行二九六里
前回チラリと書いたけど、『うしおととら』のアニメ化がかなりうれしいおれである。思い出すなあ、『うしおととら』。今週からやつらの旅が始まるというので早起きして近所のパン屋で『サンデー』とサンドイッチ買ってきて、ページをくったら〈衾(ふすま)〉がいたあの衝撃! それからしばらく水曜の朝はサンドイッチ食ってたなあ。なんとあれから二十五年か……。
辻政信が衝撃の帰国を果たして『潜行三千里』を発表。それを二十五年後にアニメ化したのが『宇宙戦艦ヤマト』である。うん、絶対そうなのである。歴史家はなかったことにしようとしてるが、幾万もの追っ手を逃れて帰還した辻を当時の日本国民は喝采をもって出迎えた。松本零士や西崎義展の世代の人間が知らないということはない。石にかじりついてでも生き延びようとするけれど反省なんかまるで知らないこの古代進野郎が五十年代日本の英雄だったのだ。
現代では辻の名前は「日本はアジア諸国に謝罪するべきである」と言う人間や「南京虐殺や従軍慰安婦はなかった」と言う人間しか知らず、その両方から忌み嫌われている。だが六十年代には、多くの人は辻がきっと生きていてくれると信じ、帰りを待っていたのだろう。あいつのことだ。ベトナムの戦争が終わったときにまた姿を現すはずさ。あんな悪運の強い野郎が死ぬはずなんてあるもんか、と……。
『ガンバの冒険』の最終回で、忠太の姉ちゃんが「アタシはガンバが死んだなんて信じない」と叫ぶのも、ひょっとして辻のことなんじゃないか――そんなふうにおれは思ってしまうのだが、さて同じ七十年代、高度経済〈成長〉を果たした日本である企画書が作成された。その題名を『アステロイドなんとか』。
〈ヤマト〉という名の宇宙船に五つのメカが搭載されて、それぞれに〈コスモゼロ・コスモハヤブサ・コスモショーキ・コスモヒエン・コスモハヤテ〉と名が付いて、熱血漢・ニヒル・ミニスカ・デブ・ガキの五人が乗り込み敵と戦い、その代わり、宇宙資源をごっそりいただく――いや、おれは知らないんだけど、でもどうせそんなもんだったに決まってる。
原案者が表紙に描いた宇宙船のデザインはまるで便所の落書きだった。これを「ホレ」と渡された山本暎一なる人物は頭を抱えて不運を呪った。
「西崎さん、ちょっとこれは……いくらなんでもまずくないですか」
「そうかあ? いいと思うけどな。ボクはいいと思うけどな」
「小惑星の名前が〈アリューシャン〉に〈ギルバート〉って……」
「そんなのは適当に付け直せばいいだろう」
「ええまあ……でもこの宇宙船の画は子供に見せられないでしょう」
「それもマンガ家でも雇って描き直させりゃいいことだ」
「じゃあ、〈ヤマト〉という名前も……」
「いーや、それは変えちゃダメだ! その名前は変えちゃダメだ! そうだ、題は『ヤマト』にしよう。『宇宙戦艦ヤマト』だ!」
「はあ……とりあえず誰かに相談してみます」
「いいだろう。やりたまえ。なんでもかんでもやりたまえ」
こうして、旧知のSF作家、豊田有恒に白羽の矢が立てられた。豊田有恒は言下に言った。
「なんだと。なんでそんなくだらんマンガにオレがかかわらにゃいかんのだ」
「そう言わずに、助けると思って」
「誰をだよ。西崎をか。あいつが虫プロ潰したようなもんなの君だってよく知ってんだろ。あんなやつにどうしてまだついてってんだ」
「それを言われると困るんだけど」
「そうだろ。やめとけ。後悔するぞ。ロクなことになるわけないぞ」
「とりあえず画を直させてみたんだけどね」
「ははは。アワビを空に飛ばしてどうする」
というのがオールドファンなら誰でも知ってる最初期の話。この企画が後に大化けするなどと誰が予想したであろうか……『うしおととら』も最初のうちは、なんだなんだこの七十年代からやってきたようなマンガは。これ描いてるやつ昭和が終わったの知らねえんじゃねえかとおれは思ったもんだったが、まさかねえ。いい歳して三十何冊全部揃えて棚に置く唯一のマンガになるとは想像しなかったね。
豊田有恒が最初に考えた〈イスカンダル〉はおそらく銀河征服を企む〈宇宙のアレキサンダー大王〉で、〈ヤマト〉がそれを打ち倒してコスモクリーナーを奪うプロットだったのじゃないか。しかしそれでは主役のアステロイド太郎が第二の〈悪のイスカンダル〉になるだけと松本零士は考えた。そこで〈イスカンダル〉を〈成長の試練を与える鬼子母神の星〉に変えるよう提案。〈フェアリーダー〉を得た企画はチグハグながらも名作となるべく道を進み出したのではないか――。
なんてなことをおれは想像するわけだが、進むと言えば古代進だ。この熱血太郎に自分の弟の名前を付けて〈進〉としたのも松本零士であると言うが、どうもなあ。なんかこれにも裏の理由がある気がするよな。だってなんか字面が似てねえ? 〈辻政信〉と〈古代進〉……まあ、おれの気のせいかもしれませんけどね。
さてそれでは、またしばらく潜行します。アイシャルリターン。