ヤマト航海日誌
と応えればいい。黙っていれば誰にもわかりゃしないのだから教えるなんてしてはいけない。いつか大勢の人間が、『〈ミスター初っ子〉って誰?』と言うことにもしもなったらそのとき初めてデータを見せて、
「オレだ! オレが〈ウノ〉なのだ!」
と言えばいいことなんだからね。で、それから君の友には、
「お前、とうとう付けなかったの? 今からもし付けたとして一体何人目になるの? オレより先にチャンスがあったはずなのに、『百個付いたら101人目になってやってもいい』と言ってそのままか」
と言ってやればいい。友はこう言う。「お前、あのとき自分じゃないと言ったじゃないか!」
「そりゃそう言うさ。当たり前だろ?」
〈コメント機能〉や〈いいね!マーク〉なんていうものは、そういうふうに使いたまえよ。おれのために使うんじゃない。自分のために使うんだ。それが頭のいいやり方さ。
電子本についても同じだ。買っても人に買ったと言わない。けれど〈本〉には購入日のデータが付いてくるのだから、後になってもしも売れたら、〈日付〉を見せて、
「どうだ、オレがひとり目だ。オレが買ったこの日までまだ一部も売れていなかったんだぞ!」
と言うことができる。そうなるまでは黙っていればいいわけだ。
男が女のブラジャーを服の下に着けていても言わなきゃわからないことだろ。それと同じさ。『へっへー、どーだザマーミロ、オレはブラジャー着けてるんだぞ! お前らそれを知らないだろ。勝ったぜ!』と、何が勝ったのか知らないけれど、そんな密(ひそ)かな感情を道行く人に対して持てる。〈ウノ〉になって黙っていれば同じものが持てるのだ。
もしも売れたら後になって自慢できてめっけもの。売れなきゃ秘密を墓まで持っていけばいい。それで誰にもわかりゃしない。〈いいね!〉マークを付けるだけなら君は一円の損もしないし、電子本も宝くじを買うのに比べりゃなんぼかマシなもののはずだ。
どうする? おれはこの通り、もうこの文を書いてここに出しちまったぞ。今のところ、こいつをすぐに読む人間は君を含めてタッタの二十人かもしれない。でもあすには21人目がこれを読み、あさってには22人目が読むかもしれない。
人は言うだろ。後悔には二種類がある。〈やってしまったことへの後悔〉と、〈やらずにおいてしまったことへの後悔〉とだ。盗みとか女性監禁なんていうのは、後で『あのときやっときゃよかった』なんて思うことではない。〈渕皇様〉の言うこと聞いて、『後できっとやらずにいたこと後悔するぞ。だからやろう。このチャンスをモノにしよう』なんて考えてはいけない。
でも、やっても何ひとつ損などないし人を害するわけでもないのに恥が怖くてやらないだけのことというのは、後でやらずにおいたのを後悔することがあるのだ。
図書館の本を濡らした話についてもまた然(しか)りだ。今なら君が、「オレがこいつに〈いいね!〉を付けてダウンロードした第一号だ。オレが〈ウノ〉だ! この日付がその証拠だ!」と後になって言えるチャンスを持っている。タダだぞ。ダメでも損はない。なのに誰かに先を越されたら、君はこのログを読んどきながらやらずにおいてしまったことを後で悔やむことにならないか。
そうだ。もちろんだからと言って、別にたいしたことではない。やれば得するわけでもない。けど、つまらんと思わないか。せっかくちょっとおもしろいチャンスを持っていたというのに、君はそれを逃したんだぞ。
一体、君は何が欲しくておれが出すものを読んできたんだ? まさか本気で本当におれが書いたの盗もうとしたわけでもあるまい。
どうする? はっきり言うけれど、おれは別に君に期待はしていない。今こんなもん読んでるやつは何を言って聞かせてやってもどうせ行動しようとしない臆病者だ。そう思ってる。おれがいいことたまには教えることもあるのに、それを素直に受け止められない。
君なんか人間でなくただのゴミだ。君を含めた二十人は全員がそうだ。
〈じぱんぐ〉があのコメントをしたときに、他の四人のうち三人は『ああよかった』と胸を撫で、『セントエルモ』にマークを付けた彼を笑ったのだろう。
「ホラ見ろ。ちゃんとわかる人には、島田の書くものはダメというのがよくわかるんだ。〈じぱんぐ〉って人、すっげー。カッコいい、憧れちゃう〜! オレはお前に付き合ってマーク付けなくて良かったよ。危うく一生の恥になることするとこだった。そうなるのを救われたな。〈ジパング〉さんに感謝感謝」
なんてなことを言ったのだ。だから彼は、二度とマークを付けることができなくなった。ほんとは彼こそ〈ウノ〉なんだけどな。たぶん、〈じぱんぐ〉が名前を消して逃げてったのも気づいてないんじゃないだろうか。
または、気づいていたとしても、やっぱりマークは付けられない。君は〈彼〉や、彼を笑ったに違いない他の三人と同じなんだ。おれはそう思ってる――いや、『思ってる』のじゃない。そうなのだとわかっている。だから君には期待しない。
君という人間は、どこどこまでも自信が持てない。自分で何も決められない。そして哀れなプライドが大事だ。だからあくまでマークを付けず他人の顔を窺うだろう。ひとつマークが付いたの見たら、「お前じゃないのお?」と嘲り顔で言うのだろう。「バカじゃねえのう? こんなもんに付けるなんてよ。オレなら絶対付けないね〜ん」と。そんな自分がカッコいい気で満足だ。
「でもさ。お前は、オレより前からこのブログを読んでたんだろ。『敵中なんとか』というやつもアマチュアが勝手に書いて途中で置いたきりだと知りつつ読んでいる。こんなドえらい長さのものを――おもしろいと思ったわけじゃないんなら、なんでオレに話して意見を求めたりしたんだ? 一体どうしてマークについても、おれが付けたりしないかと探るようなことをするんだ?」
「オレはこんなのおもしろいと思ったことは一度もねえよ! つまらねえからつまらねえって言ってんだろ! 誤解すんな!」
「だからどうして、それだったら、そんな話をオレにするんだっていうんだよ」
「おれはこんなのおもしろいと思ったことは一度もない! 一度もない!」
「そうか。ほんとにマークを付けてないし、電子本も買ってないんだな。だったらオレがお前より先にやっても構わないな」
「いいよ。いいよ。別にいいよ。つーか、今やれ。オレの前で。やったら、オレが、『バーカ、ほんとにやりやがった。ほんとに付けた。ほんとに買った。バカもいいとこ。バカ中のバカ』と言ってやるから。だから今、オレが見ている前でやれ。やれったらやれ。すぐにやれ」
「どうして。ヤだよ。やるにしてもお前の前ではやらないよ。後でやってお前には黙っておくことにするよ」
「なんだと! てめえ、ふざけんな! そんな勝手が許されると思ってんのか、ああ? この野郎! お前それでも友達かよ! もともとそれをお前に教えたのオレだろうがよ! いいかもし電子本買ったならばオレに見せろ、絶対だぞ!」
「いや、だから、そういうことを言うやつになんで見せなきゃいけないのかという話で……」