父と娘、時々息子
だが、それがまた悪かった。
父から前もって聞かされていたとはいえ、父は作編曲家のピアニストであり、医者ではない。父が効き間違えたか、また気弱なところが出て、不安が先行し、確率の低い可能性のことを言っているのだろうと、少し無理のある解釈で当面やり過ごすつもりだった。
再検査を受けてから5日後、父が留守の間に一本の電話がかかってきた。普段は居留守を使い、留守録音で相手がだれか把握してから出るのだが、この日は父の仕事関係の電話がかかってくる予定があり、留守録音の前に受話器を取った。
相手はあまり聞きなれていない声の持ち主で、父の仕事関係じゃないとすぐにわかったが、取ってしまったからにはもう遅い。
人間ドックで総合診断をした医師が電話の相手だった。
医師は、父の家族であることだけを確認し、淡々と説明していった。
「家族への説明をご本人がされると伺いましたが、実際受けられましたか?」とか「再検査で胃壁を採取しまして・・・」とか。そんな、云々があった後に医師は淡々と核心をついた。
「結果は陽性、つまり悪性腫瘍で、初期の胃癌です。」
中学二年生の秋頃、胃癌というはっきりとした病名を医師から直接聞かされるあの衝撃と言ったら・・・。頭は真っ白でも、胃癌だという二文字の言葉を拒否したい力は目いっぱい働いていることがわかったが、すでに頭の中に入ってしまった。みるみる私の声は涙声に変わり、聞く姿勢を必死に作っていたのが、医師も何かの違和感が生まれたのだろう。
「奥さまですよね?」と聞いてきた。