父と娘、時々息子
それでも私には、叔母がいるわけで、何かあれば相談がすぐできた。
彼女の場合相談する相手が、学校関係者かそんな信頼も置いていない父方の親戚だったそうで、その親戚も1度か2度会ったくらいの人だったらしい。
でも、彼女の中ではまだその親戚がよく会っているほうだったが、後々やはりぎくしゃくして相談するのをやめたという。
その間に悩んでいることが出て来たらどうしてた?と聞くと、本屋さんか図書館で医学書立ち読みしていたというから、ビックリした。
専門用語ばかりでわからなかったらしいが、ニュアンスを読み取ってひとり合点していたらしい。
一人でなんとかする力を、身につけるものなのね。
そういう意味では私は、まだ至らなかったのかも…。
そんな彼女も今では立派な消化器のお医者さん。
その一人で何とかしようと本屋や図書館で医学書立ち読みしていたのが、片鱗だったのではないかと思えてしまう。
人というのは何かあってもすぐに順応するようにできている様に思う。
子供は先入観というものがないため、順応は早い。
それが大人になると経験が邪魔をするため、順応が遅くなるが、必ず順応するようにできている。
生物のすべてがその能力を持っている。と、言うことはこれが最大の防御策であり、特攻策でもあるのだろう。
みんながみんな、母という役割が必要というわけでもないし、無くて困ることだってある。
何が必要で必要じゃないかはわからないが、家族が信頼を置ける相談役が必要なのには間違いない。
それが、血のつながりのない人であろうが、親戚でも誰でもいい。
今は各家族化してしまい、しかも過剰な自己プライバシー保護がなされている環境上、片親家族は蚊帳の外になっているように思う。
私までの世代ではないかな、近所付き合いがあって近所のおばさんたちの顔をよく知っていて世間話もできて、おかず多めに出来てしまったからおすそ分けに行ったり、反対に頂いたりできたのは。
それで我が家もご近所の方々にたくさん助けられた。
私は中学2年だったか、父が胃癌で入院している間、おかずが足りないだろうからと、おでんや菜っ葉の炊いたんなど近所の人達から差し入れをいただいた。
片親でも、近所と親戚すべてが気にかけてくれたから、父一人で私と弟は生きてこられた。
そのことを思い返すと、今の方親世代はなかなかに苦しい状況に立たされていると言わざるを得ない。
近所付き合いをしたいと思っても応じてくれる家庭が少ないことと、共働きを理由に集まりにも参加しない親が多い。
全部が全部出席しなくても良いが、せめて2か月に一度、3か月に一度くらいは顔を出して近所を把握することも必要ではないだろうか。
静かなのはいいが、静かすぎれば痛ましい事件の温床にもなる。
静かも良い環境の静かと、不気味な環境の静かがある。
それを見極める本能をもう一度取り戻さないと、痛ましい事件は増えるし留まることを知らず暴走するのではないだろうかと案じている。