ぶどう畑のぶどうの鬼より
12 とげだらけの啖呵
娘を案ずる母親の
あの剣幕には
逆立ちしたって
勝てっこない
もうじき医者に
嫁ぐ娘だ
下心なんか
迷惑千万
頼むから
ほっといてくれと
釘を刺されて
兜を脱いだ
分不相応は
承知の上で
それでもなお
娘さんを
愛していますと
食い下がるほど
勇気はなかった
わかっていますと
尻尾を巻いた
おまえのためにも
これでよかった
もう潮どきだ
打てば響く
おまえだから
怒らせればいい
簡単なこと
愛想が尽きたと
言えばすむ
まちがいなく
食いついてくる
日も高い
畑でおまえは
ひとりポツンと
待ちぼうけ
待ってたのか?
2時間も
朝一番の
仕事の約束
くじける心を
鬼にして
やっとの思いで
すっぽかしたのに
顔なんか
まともに見たら
気が萎えるのは
目に見えてるから
そっぽを向いて
ぶっきらぼうに
声を荒げて
吐き捨てた
「畑もぶどうも
いやになった
金魚のフンじゃ
あるまいし
何の役にも
立たないくせに
朝から晩まで
ついて来て
足を引っ張る
おまえにも
もううんざりだ
収穫だって
じき終わる
いいかげん
俺の義務なら
果たしたろ?
おまえにクビって
言われる前に
こっちが先に
やめてやる」
最初も最後も
けんかの舞台は
やっぱり
ぶどうの棚の下
とげだらけの
酷い啖呵が
えらくすらすら
口ついた
そして食らった
平手打ち
身構える
間もなく俺を
ひっ叩くなり
息もつかずに
おまえは
まくしたてたっけ
「一言の
相談もなく
コンビ解消?
そんなに気楽に
はい さようなら?
言葉なんか
いらないくらい
気心が
知れ合えたって
信じた私が
バカだった
役にも立たない
バカな女に
今までいろいろ
教えてくれて
ありがとね」
俺の顔を
にらみつけて
目はまだ何か
言いたげで
でも
意固地じゃ負けない
俺の態度に
いいかげん
業を煮やして
やがておまえは
唇かんで
背を向けた
早く行け!
ここに立ってる
気力が俺に
まだあるうちに
遠ざかる
後ろ姿に
そう念じてた
視界から
今すぐ消えろ!
「さっきのは
全部嘘だ」って
走って行って
おまえを
抱きすくめる前に
見まいとしても
目が離れない
後ろ姿に
そう念じてた
つくつくぼうしが
賑やかだった
医者先生と
おまえが
ソウルに戻るのも
あとは時間の
問題だろ?
今さら口出す
ことでもないが
ぶどう畑の
相続だけは
発つ前に
師匠にちゃんと
してもらうんだぞ
師匠だって
きっと喜んで
譲ってくれるさ
援護射撃に
なるかどうか
自信もないが
俺からも
もう一度師匠に
頼んでみるから
これでいい
全部
これでよかったんだ
作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳