ぶどう畑のぶどうの鬼より
11 川原の朝
夜が明けて
起き出して
気にすべきは
一にも二にも
逃げたキョンスクの
はずなのに
話題になんか
一言も
上らなかった
ままごとみたいな
朝飯どきに
何の話の
成り行きか
遠い昔の
おふくろの死を
ふと口にして
口にしながら
しまったと悔いた
そこらに落ちてた
鍋のふた
慌ててつかんで
顔を隠した
おまえの頬に
涙があふれて
伝ってた
見かけによらず
泣き虫なんだな
俺に同情
してくれるのか?
俺?
俺のは
飯を炊いてる
煙のせいだ
おまえなんかと
一緒にするな
それから
これまた
ままごとみたいに
川辺で鍋皿
洗ったら
おまえは
何を思ったか
自分を笑って
はにかんだ
こんな年にも
なってまだ
すねっかじりの
甘えん坊だと
親のお金で
遊び歩いてる友達を
羨んでたのも
恥ずかしいと
7つでおふくろ
亡くして以来
俺が自炊三昧だって
話したからか?
動転したか?
今日はずいぶん
殊勝なんだな
調子に乗って
思わず説教
してしまったけど
言った中身は
本心だ
人をねたむな
何かひとつ
自分の力で
やりとげろ
遠からず
手も届かなくなる
おまえへの
ささやかな
はなむけの
つもりだった
世間知らずで
危なっかしいこと
この上ないが
度胸があって
人の言葉を
信じて素直に
受け入れる
おまえならきっと
大丈夫
あせらず
1歩1歩でいいと
おい
そんなに神妙に
うなづくな
いつもみたいに
口とがらせて
何よエラそうにって
言ってくれ
そのほうが100倍
気が楽だ
おまえみたいな
はねっ返りに
出逢えて毎日
楽しかった
おまえみたいな
じゃじゃ馬と
人生を
いっしょに歩いて
みたかった
おまえの心を
つかんだ奴が
正直 心底
うらやましいよ
そのときだ
手のひらが固いと
驚いて
ふいにおまえが
俺の左手
ひったくるなり
覗きこむから
反射的に
引っ込めた
感電でも
したみたいに
夜どおし握った
拳のせいで
手のひらの
爪の跡には
血がにじんでた
みっともなくて
見せられなかった
見ればおまえは
これは何だと
きっと訊くだろ?
それだけは
到底
答える自信がなかった
作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳