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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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 それを聞いたやそが、素早くこうさえぎったのである。                     「男谷様、たとえ男谷様のお頼みと言えども、流派の奥義のこと、説明などいたしかねるでしょう。」                                 
 そう言われると、息切れ一つしていない一(はじめ)は意外にもこう答えたのだった。        
「いえ構いませぬ。無外流奥義は、たとえ詳しく説明を受けようとも、その力の無い者にはとうてい真似しようのないもの。いかにもご説明いたしまする。」
 それを聞いた八人はかなり腹が立ち、特に三橋は今にも一(はじめ)にもう一度飛びかかろうとしたが、すぐに傍らの伊庭が彼をはがいじめにして押しとどめたのである。     
「放せ、伊庭。」                                  「なりませぬ三橋殿、我ら八人がかりで敗れたのです。恥の上塗りとなるだけですぞ。」
 一(はじめ)は、目の前の二人の声も耳に入らぬかのように話を続けたのだった。          
「奥儀玉簾不断と申すは、気を自らの周りに玉の簾の如く張り巡らし、それに襲い来る者の刃がかかれば、その速さが遅れてしまいます。その一瞬の隙に自らの刃を抜き放つと、今度は放った気の力で速度が速くなり、一瞬にして敵を倒す技にございます。周りをぐるりと囲まれた時に特に有効なる技で、刃をぐるりと回す速さがあまりに速きため、軸足がすれて熱を発し、辺りにこげ臭き香りが漂います。」
 話を聞き終わった途端、八人の中の一人、勝麟太郎が笑いだしたのである。          
「いやー負けた、負けた。こうも見事に負けては悔しくもない所かかえって笑いが込み上げてきやがる。第一、これはもはや剣術同士の闘いとは言えねえや。いや人と人との争いですらねえかもしれねえ。何にしろ一(はじめ)殿が味方で良かったぜ。なあ、三橋さん、そう思うだろう。」                                    と言って三橋の肩を叩いたのだ。三橋は憮然として何も返事をしなかったのである。榊原はさらに続けていた。                                    「ところで男谷殿、先刻のお話では一(はじめ)殿をこの講武場に教授方ではなく、一門下生としてお迎えになられるお積りだということでございましたが、一体我らにこの山口一殿に何を教えよとおっしゃられるのですか?」                「それよ、それはその佐川殿にお頼みしたいのだ。」
 佐川は突然の指名に、滅多に同ぜぬ四角い顔に動揺の色を見せながら返事をしたのである。
「せっ拙者でござるか?」
 それに対し、答えようとする男谷を制して近江守が口を開いたのだった。         
「そこは佐川殿、見てのとおり山口一は左利きの刺客。そちには、かの者の右腕にそちの溝口一刀流を一年で叩き込んで欲しいのだ。」                  「たった一年でござるか。」                            「うむ。ここにいる誰もが知っての通り、武士には左利きの者などは一人もおらぬ。彼は今後、会津の武士として表の世界で活躍してもらう積りなのだ。そこでそなたに、彼の右腕に会津で人気の高い溝口一刀流を、免許皆伝などの肩書などは構わぬから、会津人が見ても違和感が無いまでに仕込んでくれれば良い。どうだ、引き受けてはくれぬか?」                                       「及ばすながら、お引き受けもうす。」                       「これは忝い。佐川殿は火消しがお役目だそうだから、昼間は空いていよう。昼過ぎにこの講武場に二人で集い、稽古を付けてほしい。」                   「それならば会津の江戸屋敷ではいけないのでございましょうか。あるいは加納藩の屋敷でも宜しいのでは?」                                    「いや、まだ一(はじめ)と会津の関係を他に知られたくはないのだ。この場所ならば、お主も一(はじめ)も誰にも怪しまれずに修行に専念できようからな。」
 こうして山口一は、会津の佐川官兵衛に溝口一刀流を一年間習うこととなったのだが、この時の縁で、一(はじめ)と佐川とは文字通り終生の友となるのである。この文字通り、と云う意味を説明するのは、ずっと後のこととなる。
(第八場)加納藩江戸屋敷の道場にて
 薄暗い白金村の加納藩江戸屋敷の道場の中は、四方に八つの蝋燭が立てられていたのである。そのぼんやりとした灯りの中に大小十の人影が浮かび上がっていたのだった。その中には、山口一、篠田やそ、お芳、鍛冶屋の川井、おこうの五人も混じっていたのである。彼ら五人に対し、残りの五人が対していると言う構図であった。まずは、此処にいる一同のまとめ役らしいやそから、語り始めたのである。        
「一(はじめ)様、昼は講武場にてお疲れでしょうに、夜分までおつきあいいただきまして痛み入ります。ここにお目見えいたしましたのは、全て我らが配下にございます。皆紹介する。こちらが山口一様だ。その真名は伊賀・甲賀、しいては全ての忍びの大頭領甲賀三郎頼方様その人だ。」                          
 やそがそう言うと、八人は黙って頭を下げたのである。やそはさらに続けたのだった。            
「ここに集いし九人は、ただ単に顔合わせをしたかったのではございません。ここにいる九人は全て一(はじめ)様と同じく気功遣いでございます。そこで大変恐縮でございますが、無外流十の奥義を、一人に一つずつ伝授して欲しいのです。それぞれが適正のある奥義を選びましたので、まず自己紹介ともどもそれを披露いたしますから、ご存念をお聞かせ下さい。まずは私ですが、私は篠田の姓を名乗っていますが、これは会津の侍の姓を借りたもので、本当の姓ではございません。そもそも私は妾腹で、父の姓を名乗れぬのでございますが、やがては一(はじめ)様同様会津の者として働く予定ですので、会津の姓をお借りしたのでございます。私の実の父は永井尚志様。加納藩永井本家の分家で、八千石の旗本、元外国奉行、安政のご大獄の為、今蟄居申しつけられております。そのため我らのアジトもまた、浜町の父の屋敷では無く白金村のご本家のお屋敷をお借りしているのでございます。幼き頃より、女忍びでございました母の里である加納で修養を積み、武芸百般人並みに心得ておりまする。またここに控えておりまする他のもの同様人ならぬ技をいくつか使えまして、私は人の技を自らのものとする「写し」の技と、人と人との心をつなぐ「結び」の技を使いまする。奥義は四則の神明剣を希望致します。さっ私の話はこれまでだ。他の者も、私同様何事も包み隠さず申し上げるように。我らは一心同体。忍びの一味に、大頭領様の前で隠し事はご法度だぞ。」
 やそが語り終えると、次に芳が促されずとも自ら前に出て、明るい声で語り始めたのである。