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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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「はい、私の名前は町田芳です。江戸のお侠娘です。『暗器のお芳』って呼ばれてますけど、これからは『神農の芳』って呼んで下さい。だってこの間、廓を抜けさせてもらった記念に背中に『神農様』の紋紋彫ったんですもの。見て見て。」            
と言うが早いか、芳は立ったままくるりを後ろを向くと、もろ肌を脱いで、その輝くように白く美しい背中に彫られた、角のある異国の神の極彩色の彫り物を見せびらかしたのだった。それを見た川井亀太郎が大声ですかさずこう言ったのである。                 「これ、芳、止めよ、はしたない。」                        
 それを聞いた芳は、すぐに着物を着直すと、悪びれもせずこう答えたのだった。        
「いいじゃありませんか、お義父上、減るもんじゃあるまいし。今日は皆が初めて会った記念に特別公開なんですから。あっ私、今私を叱った川井亀太郎様の所で娘としてご厄介になっています。本当の父上は江戸一番の侠客なんだけど、故あって私を忍びの里にあずけたんだ。義父は鍛冶師だから、私も自分の暗器は自分で工夫して作ってます。あっ、暗器って言うのは忍具の一つで、暗殺の為の様々な道具でございますよ。得意技は潜入と飛翔、そして房術でございます。あっ房術って言うのは、うふふ、要するに女の武器ってことです。飛翔が得意ということで、奥義は六則の鳥王剣が良いと思います。これって要するに気を使って空を飛ぶんですよね。すごーい。早く教えて下さい。以上、終わり。」                                      
 次に、たった今芳に義父と紹介された老人が立ち上がったのである。その左の目はつぶれており、格好はいかにも鍛冶師という風体だった。                    「娘に紹介されたんで、次はわしが言いましょうか。わしの姓名は川井亀太郎。普段はこの江戸で刀鍛冶をしていますが、本当の得意技は鉄砲なんじゃ。自分で作った連発銃で百発百中の腕を自負しておる。因みに弾がなくなっても気砲が撃てる。そこで奥義は最初の『獅子王剣』が良いと思う。これで気砲の威力も実弾入りに負けなくなるであろう。今のままだと、せいぜい生身の奴を気絶させられるくらいなのだ。現在お芳と妻子と共に暮らし、鍛冶の傍ら、水戸様と永井様のつなぎをやっております。以上でござる。」    
「義父上駄目だよ。私が先に自己紹介したのは、もう一(はじめ)様とは顔見しりだったからなんだから。次は当然幾島様でしょ。幾島様、私がしゃしゃり出ちゃったのがそもそも悪いんです。本当にすみませんでした。」                     
 川井も慌てて頭を下げて、頭をかいたのである。その先には、かつてやそに一(はじめ)の真名を伝えた修験者姿の初老の女性の姿があった。孫同然のやそとは違い、歳のせいでもあるだろうが、芳よりもさらに小さな姿だったのである。                     
 「お初にお目にかかります。やその祖母の天通眼藤田、またの名を幾島と申しまする。今は天璋院様付きの御年寄を務めております。今宵はお城を抜け出してまいりました。なに、警護の者は皆忍びにて、私の顔見知りにございますれば、造作無きことにございます。やその母が若くして身まかりました故、この娘の母親がわりでございました。若い者のような忍び働きはもはや叶いませぬが、足手まといにはならぬかと存じます。得手は先見と読心、それと孫と同じ結びの技でございまする。やそに何かありし時は、不肖私めが束ねさせていただきます。奥儀はやはり守りのものがよろしいかと存じますので、八則玉簾不断を望みまする。相手の動きがにぶりし時、我が弾球が遅いかかりまする。」                                      
 そう言って、彼女は掌に隠し持っていた、パチンコの玉のような黒い鉄の玉を示したのだった。
「それと失礼ながら、この者は口がきけませぬ故、私から紹介いたしましょう。」    
 そう幾島が言うと、見事な髭をたらした猟師姿の大きな老人風の男が前へ一歩出たのである。立ち上がると、背は五尺半はゆうに超えているようだった。                
「この大きな爺様ような男の名は『三十三間堂の漢升』と申してな。その昔尾張藩に仕えるお侍で、元の名を吉田勝見殿と申される。年はこれでもまだ二十代じゃ。あの三十三間堂の通し矢に出るべく、幼い頃より厳しい弓の鍛練を受けてきたのですが、各藩過剰なる競い合いに危うさを覚えた幕府によって、それがお取りやめになってしまいました。生きる目的を奪われしかの者は、さらに運無く、ちょうどその折熱病にかかり、音を失ってしまったのでございます。全てに望みを失いし彼は、脱藩し、山に逃げてマタギとなったのです。それが姫様に出会われ、さらに永井様の口利きで、今は京にて太子流道場を開き、忍びのつなぎの場を提供しております。まぁ、川合殿と同じお役目じゃな。その弓には気が込められ、三十三間離れた所のものを百発百中で仕留めるということでございますから、奥義は二則、『翻車刀』がよろしいかと存じます。」
 幾島は言い終わると、先程からやそのすぐ後ろに控え、自己紹介をしていないおこうに気がついたのである。                                「おう、おこう、そなたのことも紹介せねばならぬな。一(はじめ)様、この者は別式女のこう。清国より渡りし拳法使いの末裔じゃ。もう何代も日本におるゆえ倭言葉に不自由はせなんだが、話すのはあまり好きでないゆえ、十分に自己紹介も出来きかねよう。ここはわしが代わりに紹介してしんぜる。まずこの者、男のようななりをしているが、立派なオナゴじゃ。先程も述べたように、水戸に匿われていた朱舜水殿をお守りしていた拳法遣いの末の者じゃ。別式女として大奥に篤姫様とわしと共に入らんと思っていたのじゃが、その容貌が怪しまれてその望みは果たせなんだ。仕方なく、今はやその守りを託しておる。代々明国の忍法である暗算を受け継ぎ、さらには会津のご家老西郷頼母殿の所で長年修行を積んできた。奥義は五則の『虎乱入』が良かろうかと思いまする。ほれ次は勝蔵、恥ずかしがっておらんで、お主は自分で言うのじゃ。」
 そう幾島が言うと、身体の大きな男衆の中でも群を抜く六尺は優に超える大男が、片足を妙に動かしながらのそのそと前に出てきたのだった。どうやら左足は義足のようである。そして頭をかきながら太い声でぼそぼそと話し出したのだ。                
「おら、あのー。」                                「声が小さい。何を言うてるのか聞こえんぞ。」                      
 そう言われ、勝蔵と呼ばれた若者は、声を振り絞ってもう一度語り出したのである。