小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

INDEX|59ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

「いえ奥方様、私の名は四郎と申します。実は父の実子の吉十郎は四年程前に亡くなってしまったのです。そこで父は、妾腹で志田と云う会津藩士に預けていた私を養子として取り戻したと云うわけなのです。本来なら父も共に御挨拶に伺うべきなのですが、父は今旧主松平容保様が宮司を務める日光東照宮の禰宜(ねぎ)をやっておりまして、その正月は多忙で身動きが取れぬのです。時に御主人様はご在宅でしょうか。」
「これは失礼をば致しました。主人は正月で今家におります。どうぞ、お上がり下さい。」
 時尾が客間に通すと、そこには羽織りを来て寛いだ五郎が正座して、頭を下げてから、時尾から頼母の紹介状を受け取ったのである。
「これは四郎様。今玄関でのやり取りは聞いていましたぞ。やはり実子は隠しきれず、頼母様と瓜二つでござるな。死んだ吉十郎殿よりも似ている位でござる。」
 その時、五郎の頭の中に少年の心の中の強い思いが伝わって来たのであった。
『これが俺の実の父親とか云う藤田五郎か。俺が頼母の実子だなど言うのは真っ赤な嘘。本当の四郎を幼くして死んじまったのさ。御家老様から預かった子を死なせてしまった志田は慌てた。たまたまそれを知った秦(篠原)秦之進殿がその心を利用して、俺の名が同じでしかも頼母と顔形の似ていることを良いことに、養父に替え玉として預けたのよ。頼母は実子と思っているが、実は本当に養子だとはお笑い草だ。あの会津落城の日、奴は俺と母やそを捨てて城外の戦場にいたと云う。その間に母は凌辱されて狂死し、見兼ねた秦殿が私を救い出してくれたのだと云う。秦殿は身勝手な父親に俺を返す気になれず、かと言って乳呑児を抱えて進退極って志田夫妻に俺を預けたのだ。その時、死んだ四郎の代わりとするように助言したのさ。その後秦殿は、これらのことを皆私が物心付いてから教えてくれた。今日こそ母の復讐をする時だ。』
 四郎の知識は、秦が悪意を持って吹き込んだ出鱈目ばかりである。五郎は長年探していたやその子が突然目の前に現れ、しかも秦に間違った情報を真実と思い込まされて自分への憎しみを募らせていることも知り、どうしたら良いか分からぬまま彼を見つめていたのだった。すると、四郎は突然にやりと笑ったのである。
「父の話によると、藤田様は読心術を会得しているとか。では、私の本当の正体もお分かりになっていますね。」
 五郎は四郎の口調の変化に不吉なものを感じ、茶を入れて持ってきた時尾にこう言ったのだった。
「悪いが時尾。そなたには聞かせられない話がある故、勉と剛を連れて山口の実家に行っておれ。今すぐにだぞ。理由を聞かれたら、年始に来たとか言って適当に誤魔化しておくのだ。良いか。」
 時尾は五郎の言葉にただならぬものを感じ、
「かしこまりました。今すぐ。」
と言って、勉の手を引き、剛を抱いてその場をすぐに立ち去ったのであった。
 時尾が消えると、五郎は改めて彼の方を向き直り、こう言ったのである。
「それで四郎君。今日は何の用なのかね。」
 四郎は、まだ自身たっぷりにこう答えたのである。
「私父と再会してから、無外流の奥義を教わり、既に九つまで会得しております。後一つ会得するためには、同じ九つまで会得している者と真剣で立合わねばならぬとか。父でもその条件に敵いますが、まさか貴方様ではあるまいし、今まで私を育ててくれた父を殺(あや)めるわけには参りません。そこで思いついたのが、貴方様の存在でございます。貴方様と真剣で立ち合って勝利しさえすれば宜しいわけです。」
「そうか。ではやるか。」
と五郎は言って羽織を脱ぎ棄て、いつも肌身離さず持っている鬼切丸を手にすると、立ち上がったのであった。この時、五郎はこう思っていたのである。
『四郎の憎しみの炎を消すためには、もはや立合うしかあるまい。それでわしが斬られようとも、あの世にいるやそに言い訳が立とう。』
 一方四郎は、それに対し、こう答えたのだった。
「早速のお聞き届け、ありがとうございます。言っときますが、私を元服したばかりだと思って侮ると痛い目にあわれますよ。何でも藤田様が実のお父上を斬り捨てて、万法帰一刀の極意を会得したのも、元服後の正月だったとか。奇遇ですな。」
 そう言って、四郎は五郎が移動するのに合わせて、庭に出たのであった。
「ではいつなりと参られえ。」
と五郎が言うと、二人は同時に脱力した青眼の構えを見せたのである。
「無外真伝剣法七則、水月感応。」
 すると四郎の身体がいくつも分かれ出し、ついに八人になってしまい、五郎の回りを囲んでしまったのである。
 「さてどれが本物の私ですかな。言っときますが、私の念体は実体と同じことが出来ますから、あなたは実体だけ防げば安全なのでは無いですよ。確かこの技は、藤田殿の今の奥方時尾殿の技とか、まことに皮肉な話ですな。」
 だが四郎の言葉と同時に、五郎は心密かに次のように呟いていたのである。
 『無外真伝剣法八則、玉簾不断。』
 五郎の回りに気の障壁が張り巡らされたことを悟った四郎は、勝ち誇ってこう叫んだのであった。
「はっはっはっはっは。そうくるのを読めぬとでもお思いでしたか。『無
外真伝剣法四則神明剣』これは亡き母上の技でしたな。」
 八方向からの炎が中心の藤田を襲った時、彼は何も言わずに縮地の法を
使い、気の障壁の外に出ると、読心術で見極めていた実体を、剣を持たぬ
右手で四郎を思いっ切り殴ったのである。その途端彼の念体は全て掻き消
え、頬を殴られた四郎はすっ飛ばされたのであった。
「四郎、教えといてやる。無外流奥義を九つまで会得した者同士が立ち合
い、勝った者は十番目の奥義を会得出来るが、負けた場合はどうなるのか
についてだ。」
 四郎は殴られた頬を片手で押さえながら、怒れる実父の言葉をただ聞い
ていたのである。
「良いか、負けた者はな。本来真剣で斬られて死ぬるものだが、そうでは
無い場合、自らの『気』を全て失った上、会得した筈の全ての技が使えな
くなるのだ。分かったか。」
 四郎はそれを聞き、絶望して両腕を地に付けたのであった。五郎はさら
にこう続けたのである。
「良いか、四郎。お主は頼母殿から無外流奥義の伝授を受けるばかりで、
閉心法や縮地の法を身に付けていないようだが、柔術の技は受け継いでお
ろう。もはや近代兵器の時代、ただ人の恨みを買うばかりの人斬りになど
成る必要は無かろう。今後は剣を捨て、それに生きるのだ。頼母様からの
紹介状にも、主が勝負に敗れたら、講道館の加納治五郎先生の門下になる
よう指示がしてある。加納先生の所には、私が共に行ってあげよう。これ
が親として出来る最初で最後の世話だと思え。」
「父上。」