小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

INDEX|49ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

「山川殿。初めて話をし申す。拙者は山口次郎と云う者。こっちは部下の清水宇吉と言います。お助け下さり、誠に有り難き限りにございます。これからと申しましても、また軍を集め、戦うだけにございます。」
 山川はまだ若いのにひどく落ち着き払っていて、こんなことを提案したのだった。
「こんなことを言っちゃ君は怒るかもしれんが、皆が死んだと思っているなら、死んだことにしておけば良いんじゃないか。君はもう十分過ぎる程会津の為に尽くして来た。防衛総監の私が言うんだから確かだが、城はもう落ちる。僕らが死ぬのならともかく、他国人の君までがそれに付き合う必要はあるまい。そんなことをされたら、かえって私達の方が心苦しいんだ。それにこれは聞いた話なんだけど、照姫様が城に預かっていらした君の内儀が近頃、君との子を出産したらしい。息子だそうだよ。何でも高木時尾と云う祐筆が、炎の中から取り上げて、その後三人とも焼け死ぬ所を、照姫様に救われたらしい。」
「ほっ本当ですか。それでやそと息子は今どこにいるのでしょうか?」
「いや間が悪いことに、赤子がこの城にいたら危なかろうと、お付きの時尾とか云う者と一緒に今実家に帰ってるんだそうだ。」
「そうですか。分かりました。妻と子のために、私はお勧め通り別の人間になりましょう。だが、一つ問題があります。」
「うん? 何にかね。」
「いえ実はこれまで何度も変名を繰り返してまいりまして、どうも私はその変名の才が無いようでして、今の山口次郎と云う名も、本名の山口一をちょっといじっただけで、妻からもなじられているのです。良ければ山川様、会津一の頭脳と噂される貴殿に、何か良い名を考えてはくれませんでしょうか。」
「ほう、山口殿の変名を拙者が考えて良いのでござるか。」
「はい、是非にも。」
「そうか、それは責任重大だな。今度名を変えるとしたら、武士の名では命が危なかろう。百姓で通じる名が良い。かと言ってまだ完全に刀を捨てると決めたわけでもないので、侍でも無理の無い名が良いな。実は私もこの御時勢、そんな機会も有るかと思って一つ変名を考えておったのだ。それでも良いかな。」
「はい、それで構いませぬ。それでそれは何と言う名なのでござるか。」
「一瀬伝八。」
「一瀬伝八? これはまた弱そうな名でござるな?」
「そこが良いのだ。この姓はな。わしら会津の名家の姓だ。伝八と云うのは、百姓は百姓でも、農兵と云った感じで、侍らしく侮れぬ名としたのだ。ほれ、お主達新撰組にも、永倉新八とか云う者もおったろう。あの雰囲気だ。」
 この「一瀬」と云う苗字は「一戸」と云う説もあるが、これは後に会津藩そのものが下北へ移住させられ、下北には「〜戸」と云う土地の名が多いことからの誤謬と思われるのである。
「ふーん、一瀬伝八でござるか、世を忍ぶ仮の名には打ってつけでごさるな。ありがたく頂戴いたします。」
「そうか、そうか一瀬殿。」
「それで兵糧も頂いて、一心地も付き申した。清水はここに置いていきますので、しばらくお願いし申す。拙者はこれから、急ぎ城下に行く所用がござってな。これで失礼する。」
「やそ殿と御子息のことでござるな。急いで行って下さい。それからその袴姿では新政府軍に見咎められますから、一瀬伝八らしい百姓姿にお成り下さい。こちらに用意があります。城内で死んだ者の遺品ですが、一瀬殿が愛妻と我が子に無事で会う為なのですから、その者も草葉の陰でうらんだりはしますまい。」
 そこで元山口の一瀬は死んだ百姓のいささか臭い着物に着替え、清水をそこに残し、戦火の渦巻く城下へこっそり出て行ったのであった。
 かつて知ったる高木家の屋敷へ伝八が行くと、綺麗に燃えてしまった高木家屋敷跡の前で、黒く染めていた金髪が禿げかかった、背の小さな女と子供を抱いた背の高い女の後姿が佇んでいるのを見つけたのである。伝八が近付いて行くと、その気配にまずやそが気が付いて振り向いたのであった。そして夕日の中、伝八がゆっくりと近付いてくるのに気付くと、
「一様。」
と一声叫び、子を抱いたまま彼の元に駆け寄り、その胸に抱きついたのである。
「子が、男(おのこ)が生まれましてございます。」
と、やそが一戸の胸の中で言うと、
「でかしたぞ、やそ。名はなんと付けた?」
と、伝八は我が子を抱き上げながら、こう答えたのだが、赤子は見知らぬ男に急に抱かれ、火の付いたように泣きだしてしまったので、再びやそに子供を返してから答えたのだった。
「時尾が、一様は必ず戻って来ると約束した、と申しますので、一様に付けてもらおうと思い、いまだ名無しにございます。」
「そうか、そんなことも有ろうかと思って、名だけは今さっきお前と息子のことを防衛総監の山川様から聞いてから、ずっと考えておった。その名は四郎、どうじゃ。」
「はあ、四郎? 何か意味があるのでございますか?」
「山川殿の話では、その子はまさに死する所を救われて今があるのだとか。死ぬだろう、死ろう、死郎、四郎じゃ。どうだ、良い名じゃろう。」
 やそはあきれ返ってものも言えなかったが、せっかく生きて帰って来た夫が、一生懸命考えてくれた名を無闇にあげつらう訳にもいかず、黙って笑うしかないのであった。
「名と言えばやそ。わしはまた名を変えたぞ。今度は才能のないわしに代わって、防衛総監の山川殿が考えて下さったのだ。一瀬伝八と云う。どうじゃ、弱そうな百姓らしい名じゃろう。」
「はあ、取りあえず前の名とは関連が無くなりましたね。ところで、時尾にも何か言ってあげて下さい。私たち親子が今日ここにいるのも、皆この娘のお陰なんですから。」
 見ると、時尾はさっきから三人の傍らに来ていて、その邪魔にならないように声を立てずに号泣していたのである。
「時尾、約束通り生きて帰って来たぞ。やそと四郎を守ってくれてありがとう。礼を言うぞ。」
「は、一様、私は、私は。」
となおも泣きじゃくる時尾の頭を、伝八は優しく撫でたのであった。
「時尾は相変わらず泣き虫だな。こうして四人とも無事だったのだ。もっと喜ばねば。」
「はい、分かっています。分かっていますけど、私…。」
「おい、時尾、自分で一様に言わせておいてそりゃないかもしれないが、そろそろ一様を離さないと、私の神明剣が火を吹くよ。」
「おう、やその焼餅も健在だ。これで全て元通りだな。」
と伝八が言うと、時尾はなおも泣きながら、白い歯を見せて笑ったのである。
「ところで時尾、家はこうして燃えてしまったが、高木家の方々はご無事なのか。」
「はい、先程義弟の盛之輔が来て、屋敷が燃えた時、義母(はは)の克子も義妹の磯や民も、容保様の住む滝沢本陣に避難させたと教えられました。今、そこの仮の住まいにいるとのことでございます。ただ今やそ様と、この家での思い出などを語りおうておりました。」
 こうして再会した三人だったが、伝八はやそと四郎と時尾を滝沢本陣まで送り届けると、また戦場を求めて城外へと去って行ったのである。
 第八場 下北へ