小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

INDEX|45ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

「大丈夫さ。奴等一度白河口で君に痛い目に遇っとるのだから、それに懲りてもうここからは来んだろう。奇襲と云うものは、一度敗れた所からはやりにくいものなのだ。やはり兵は、奴らの撤退した芦野の方面から来るのが本筋だろうからな。」
  山口はなおも食い下がったのだった。
「そうでしょうか、総督。敵はそこまで読み切って、また白河口より来るかも知れません。あっ、総督。」
 頼母は忙しさのため山口の忠言も聞かず、その言葉の途中で次の見回り予定地へと移動してしまっていたのである。個人的な武芸は達人でも、近代的な銃器戦は元より戦(いくさ)自体初陣な彼にとって、威厳を保つために一兵卒の言葉をいつまでも聞いている心の余裕はなかったのかもしれない。それに世良を斬ったお陰で、もうすぐ仙台藩、棚倉藩、二本松藩の援軍が来ることが伝えられていて、気が大きくなっていたのであろう。
 これに対し、新政府軍は手薄と見て再び白河口に本陣を構え、五月一日、やはりここから一斉攻撃を仕掛けてきたのである。この時新政府軍は三つに分かれたのであった。まず囮の少数の本隊は伊地知自らが率いて中央を進み、残りの二軍は左右に迂回して旧幕府軍を包囲する作戦に出たのである。遅れて出発した囮軍は前回の轍を踏まぬよう無闇に前進して泥濘に足を捕られぬように小高い丘に陣取ったのだった。そこで大軍に見えるよう旗差し物を他の軍の分まで掲げ、旧幕府軍を城からおびき出すのに成功したのである。それにこれは、自分の予想を裏切った敵軍の侵入に驚いた頼母総督が、必要以上に多くの兵を、慌てふためいてこちらに集結させた結果でもあったのだ。その間先発して左右に展開していた友軍が旧幕府軍の退路を断つと共に、手薄となった白河城を攻略してしまったのである。この時副総督の会津家老横山主税(ちから)ら七百名の死傷者を出してしまったのだった。旧幕府軍は兵力が整わず、その後野営して局地戦を繰り返し、兵が集まるまで時間を稼いだのである。山口次郎は傷が癒えぬまま戦い続けたので、最初に受けた傷が治りかけるとまた新しい傷が出来て、奥義が使えなくなるのを繰り返していたのだった。
 五月二六日、旧幕府軍はようやく兵の再集結を終えたのである。そこで翌日、翌々日と白河城に総攻撃を掛けたのだった。しかし新政府軍は頑強に抵抗し、城を守り切ったのである。その間各地で勝利した新政府軍の援軍、板垣退助率いる土佐軍や薩摩軍の増援部隊が到着し、城は外部からも守られ始めてしまったのだった。
 二十七日、鶴が城では敗報が次々と入る一方、容保の隠居により藩主となった松平喜徳(のぶのり)が近くの福良(ふくら)まで出陣した際に、山口を始めとする新撰組を前線から呼び寄せたのである。特に若い藩主の希望で、活躍する新撰組の雄姿を一目見たかったのであった。土方と称していた山口も拝謁し、その活躍にお誉めの言葉を頂いたのである。
 その新しき藩主には、元服したばかりの少年兵、白虎隊が付き従っていたのだった。当時会津藩は、相次ぐ敗戦のため総力戦を覚悟して、新たな部隊の結成を行ったのである。新たな部隊とは、城内に残っている三千人の藩士を大きく分けてまず三六〜四九歳までの青龍隊、次に十六〜十七歳(実際は、年と誤魔化して十五歳の者もいた)までの白虎隊、十八〜三五歳までの精鋭の朱雀隊、五十歳以上の玄武隊の四つであった。それでも新政府軍の兵力には太刀打ちできないと、漁師隊や修験隊、力士隊などの民兵をかき集めたのである。その総数、辛うじて七千人を確保したのであった。山口が世話になっている高木家の時尾の叔母の息子有賀織之助は、この白虎隊の士中二番隊に所属していたのである。この白虎隊が今回付き従ってきたわけだが、新藩主との謁見が終わり、帰ろうとした山口を織之助が見つけ、こう声を掛けてきたのだった。
「土方様、織之助にございます。お久しぶりでございます。」
 織之助は、山口を土方と呼ぶように母磯から固く言われていたのである。すると、周りの青年達が騒ぎ出してしまったのだった。
「有賀、土方と云うとあの新撰組の副長のことでござるか。」
「お前が日頃から、我が家には新撰組のお偉方が居候している、と自慢していたのは土方様のことだったのか。隠しているなんてずるいぞ。」
 織之助はあっという間に白虎隊の仲間に話が広まってしまい、慌てふためいてしまったのである。
「いや、そっそれは。」
 山口はすぐに事の次第を察し、自分を取り囲む白虎隊士達ににこやかに接したのだった。
「土方様。差し支えなければ、少しお話してもよろしいでしょうか。」
と隊のまとめ役らしい少年(篠田儀三郎)がこう話しかけてきたので、山口は、咄嗟に土方の口真似をしてこう答えたのである。
「おう、何でえ。てめえら白虎隊と言うのか。勇ましいな。」
 篠田は土方に返事をしてもらって、嬉しそうに話を続けたのであった。
「いえ、私共はあまり戦力として期待されていないようで、先代様(容保)やお殿様(容大)の身の回りを固めるのが主な役目で、皆には内緒ですが、装備も旧式なものなのです。あっ、皆はこの銃が新式だと思い込んでいますので、このことは内密に願います。」
「おい、篠田ばっかりずるいぞ。拙者にも話させろよ。ねえ土方様、池田屋でのこと、話して下さいよ。」
と、篠田と同じで頭の良さそうな者(安達藤三郎)が口を挟んできたのである。
「そうかい、そうかい。おめえらの隊長さんに叱られるから、簡単に話してやろうな。その代わり、これを聞いたらお国(この場合、会津藩のこと)の為に、死ぬ気で頑張るんだぞ。」
「はい。」
と集まった隊士達は口を揃えて答え、土方に扮した山口は、あの時彼と行動を共にしていたので副長ならこんなことを語るだろうと云う話を想定し、少年達に語り始めたのだった。
「実はな。おいらは池田屋に遅れて着いちまったんだ。」
 すると、篠田がすかさずこう答えたのである。
「はい、それは存じてます。なんでも四国屋の方を見回っておられたとか云う話でしたね。」
「黙って聞けよ、篠田。土方様がせっかく話して下さっているのに。」
と安達が窘めると、有賀織之助がそれをハラハラしながら見つめていたのが面白く、山口はさらに話を続けようとしたのだが、これを見咎めた全軍隊長の年長者日向内記がこう怒鳴ったのである。
「お前ら、何をやっとるか。整列。」
 少年達は首をすくめ、土方扮する山口は、こう言ってその場を離れたのであった。
「じゃな白虎隊の諸君。しっかりやるんだぞ。おいらまで怒られたら割りに合わねえから、これで失礼させてもらうぜ。」
 白虎隊の少年達は彼への返事も出来ずに整列し、隊長に連れられて向こうへ行ってしまったのである。彼らを見て、急に我が子を宿したやそのことが気に掛かった山口次郎なのであった。
 旧幕府軍は打続く敗戦にもめげず、六月十二日、二五日、七月一日と城への攻撃を続けたが、城は変わらず守り切られ、ついに七月二日、西郷頼母は総督を解任されてしまったのである。この時の上意が手代木直右衛門が涙ながらに伝えると、頼母はその場で腹掻っ捌こうとしたのだが、近くにたまたまいた山口次郎が羽交い締めにして彼を止めたのだった。