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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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 それと同時に左腕の得物を失った山口次郎は、時尾にもらった手甲で、思いっ切りナザレを殴ったのである。ナザレは殴られても痛くないのか、口から血を流しながら怯まず両手に短刀を持って突っ込んできたのだった。山口は避けるどころか、自ら前に出て、彼の刃を進んで胴で受けたのである。ナザレの刃は山口に身体に突き刺さったが、その刃は奥義九則相無剣によってそのまま抜けなくなり、彼はすぐにそれを見限って、山口の離した日本刀を拾ったのだった。そしてそれを持って見構えると、山口は先程まで抜けなかったナザレの短刀を両手で一つずつ取り、手を交差させて構えたのである。その様子を油断なく確かめてから、ナザレは山口の刀を大きく振りかぶったのだった。すると山口が両手に持っていたナザレの刀が、奥義三則玄夜刀によって血で赤く輝いたのである。それをじっと見つめていたナザレは、一瞬目がくらんで刀を持つ手の力が弱まると、刀は彼の手を離れ、飛んで行って真っ直ぐ山口の鞘に納まったのであった。その刀が飛んでいる間、山口は手にしていた輝く短刀を両方ともそのままナザレに投げつけたのである。彼がそれを両手で掴もうとすると、山口が奥義初則獅子王剣で間合いを詰め、後ろに退こうとする彼に、左居合を放ったのだった。ナザレの後ろっ飛びは、間一髪でそれをよけたかに思われたが、刀には一瞬の内に無外流奥義初則獅子王剣が仕込まれ、よけたにも拘らずナザレの身体は両断されてしまったのである。その時、吹き飛ばされた彼の上半身の顔がフードが飛ばされて覗き、最後ににやりと白い歯を見せたのだった。その時、山口次郎の頭の中に彼の最期の思いが鳴り響いたのである。
「この私を倒す者がこの世におろうとはな。」
 読心術で読み取ると、異国の言葉も意味が通じるのであった。そして、それはすぐに途絶えたのである。
 戦いが終わって、川合は義理とは言え娘として暮していた芳を抱き起こしたのであった。
「芳、しっかりしろ、芳。」
 川井に揺り動かされて、芳はうっすらと両目を明け、やっとこれだけ言うことができたのである。
「義父上、近江守様にお会いしたらお伝え下さい。芳は約定を守れず、残念だったと。ずっと後に、直邦様があの世にいらっしゃって、芳が先に来て待っているのを見たら、喜んでくれるかな。」
「芳、芳、喜んでくれるとも、喜んで…。」
と川井が叫んだ時、既に芳はこと切れていたのだった。
 山口次郎は傷の痛みを堪えながら、やそと共に幾島の所へ行くと、幾島は時尾の処置が早かったせいか、既に気が付いて、心配そうに覗き込む二人に向かってこう言ったのである。
「あそこにいる黒駒にやそと共に乗って、急いで江戸に戻るのじゃ。昨日わしが見た所、新撰組の皆さんが、甲府を攻めることが決まったとかで、お前を探しておった。後のことはわしらに任せ、早くやそと共に行くが良い。」
「承知。」
 山口次郎は時尾に一瞥すると、残りの仲間を、死んだ者も生き残った者も含めて見渡してから、勝蔵の形見の黒駒に乗るやその背中に捕まり、中仙道を一路江戸を目指したのだった。
 そしてやその操る黒駒に共に乗り、次郎は怪我をしているので、やそはその身体をしっかりと縄で自分にくくりつけて走り出すと、背中の山口次郎は何故か涙が止めどなく流れ始めたのである。やそは嗚咽する彼の声を聞き、振り返らずに大声でこう尋ねたのだった。
「一様(いまは次郎だが、やそにとって今でも一様なのだった)、どうされたのです? 泣いているのですか?」
 次郎もまた、大きな声で答えたのである。
「やそ、母上が、母上が死んだのに、私は弔うことも出来なんだ。」
 やそはそれに対し、何も言えぬまま、馬を走らせるしか無かったのだった。ただ心の中で、こう思っていたのである。
『父平兵衛様を斬った時は涙一つも見せなかったのに、一様は確実に成長されている。』
 その時だった。やそは急激な吐き気に見舞われたのである。何とかそのまま馬を操ったが、彼女はこう思ったのであった。
「まさか、一様の子をよりによってこんな時に身籠ったのでは…。あの時はお婆様の予言や時尾のこともあって、私はどうかしていたのだ。それにあの時は、まさかこんな事態になろうとは思いもよらなかった。」
 彼女は自分の身体と心の変化を山口に悟らせずに、江戸へと馬を急がせたのである。

第十場 エピローグ 
 その後、何とか傷の癒えた幾島は、時尾と共に薩長軍の着いた下田に赴き、顔見知りの参謀の西郷に面会して、無事天璋院篤姫からの書状を渡したのだった。しかし、その後江戸に戻ったものの加納での無理がたたって寝込むことが多くなり、明治三年四月二六日亡くなるのである。だがその前に、その天通眼の力によって宿敵の大村益次郎が刺客に襲われ重傷を負ったこと彼女は知ったのだった。そこで最後の力を振り絞り、大村の傷が悪化することを祈り、彼はそのためか傷が悪化して命を落とすのである。行きに同道した山岡も、薩摩の捕虜の益満休之助の案内で西郷と面会出来たのだった。因みに、箱根の山で薩長を待ち受けた伊庭八郎は、薩長軍との戦いに敗れて片腕を失い、逃走して後に永井達と合流するのである。加納天満宮の惨状の後始末は、負傷した川合久幸が永井尚典(なおのり)様の加納藩にお願いして手伝ってもらい、漢升と共に行ったのだった。まず全ての遺体を荼毘に付し、こうの遺骨は、同じくこの地に眠る斎藤平兵衛の墓に合祀したのである。木又と勝蔵は、死んだ猿達と共に同じ寺に無縁仏として葬ってもらったのだった。また芳の遺骨は川合が引き取り、彼の父親に渡すべく江戸へと持って行ったのである。漢升は、後始末を終えると川井と別れ、一人京の道場へと帰ったのであった。