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永井十訣(新撰組三番隊長斎藤一一代記)

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 残るは、五番隊長武田観柳斎だけであった。幕府が長州に敗れたことにより、当時から新撰組は英仏式調練を取り入れることとなり、それまで武田が担当していた山鹿式調練は用済みとなってしまったことに合わせ、近藤からの急激な重用をかさに不遜な態度の目立った彼は隊内での評判がすこぶる悪く、彼の居場所は新撰組には無くなってしまいつつあったのである。武田は伊東の離脱を知った時、共に連れて行って欲しい、と懇願したが、これ以上隊士を連れていかない、と近藤と約束した手前、これを拒絶したのだった。また武田という個人に、伊東が何の魅力も感じなかったからでもあったろう。そこで武田は武田と共に隊を抜けたい者らと共に薩摩に自ら接触し、御陵衛士に加えてもらえるように口利きを直接懇願したのだが、薩摩から門前払いを食った上、その様な裏切り行為が新撰組の知るところとなってしまったのだった。  
 そんな時六月十日、大目付永井の尽力も有り、新撰組は幕臣へと取り立てられたのである。それは元々勤王の志を看板に集まった新撰組が、完全に佐幕と化した瞬間でもあった。だがこの時、新撰組の隊長クラスでただ一人、斎藤一の名だけが外されている。これは、当時彼が御陵衛士の一員であったので当り前のことなのかもしれない。ところが後々のことを考えると、どうも腑に落ちないのである。つまり元々彼だけが、新撰組とは違う別組織に属していたからだとしか思えないのであった。またこの時同時に、永井の家臣で、永井三十忍の一人田中律造と云う若く色の白い小姓風の顔をした者が新撰組に入隊してきたのである。彼は密かに斎藤一に接触し、今後永井尚志との連絡に役立てて欲しいとの申し出があったのだった。続けて十五日、西本願寺からの要望で寺の用意した不動村の新屯所に、この機会に移転したのである。また新撰組が幕臣となり、当初の志を曲げてしまったことへの不満が一部隊士の間で募り、隊を抜けたい者が続出したのである。そこで同月、武田のように脱退を希望していた四人の隊士がそれを願い出て叶えられず、切腹して果てると云う事件が起こってしまったのだった。そんなことがあって、前々から武田に目を付けていた副長土方は一刻も早く武田を粛清したかったのだが、最近あまりにもそれが多過ぎるため、永倉らに批判の眼で見られ、身動きのできない状態であったのである。そこで自分に代わって御陵衛士に武田の始末をさせようと企て、斎藤を通して正式に伊東にその旨を申し込んだのだった。伊東は武田を哀れに思いながらも、これを断ると、自分達が新撰組の分派であることも否定し、薩摩と関係があることも肯定してしまうことを考え、斎藤と篠原に再び武田の始末を依頼したのである。そうとも知らない武田は同年六月二二日、伊東らの遅い送別会のあった日、断るのも聞かずその帰りを斎藤と篠原に送られることとなってしまったのだった。
「大の大人が、酒に酔ったくらいで送ってもらうなど無用でござる。」
と嫌がる武田に対し、篠原はこう言ったのである。
「武田さん、御遠慮なさるな。幕府が長州に敗れて以来、京の夜に一人歩きは危険でござる。」
 すると、頼んでもいないのに篠原の後にのっそりと斎藤一まで付いて来て、まるで護送されるように二人に両側から挟まれて夜道を歩かされたのであった。武田は何とか誤魔化して伏見薩摩藩邸に逃げ込もうとしたのだったが、途中鴨川銭取橋まで来た時突然、
「新撰組五番隊長武田観柳斎、士道不覚悟にて粛清致す。」
と言いながら、斎藤一が後ろから眉一つ動かしもせずに武田を突き殺したのである。武田は物も言わずにその場に倒れたのだった。篠原は刀を抜くことも出来ず、所在なさげになってしまい、斎藤にこう文句を言ったのである。
「斎藤君、これじゃ僕が何のために来たのか分からんじゃないか。」
 すると銭取橋の下から、木又の声が聞こえたのだった。
「武田の同士の五番隊士が来ます。お気を付け下さい。」
 篠原はその声を聞いて、ぎょ、として、改めて刀を抜いたのである。そして斎藤一に袖を引かれ、物陰に隠れたのだった。間もなく武田の同士と思われる抜き身の三名の五番隊士が来て、誰か倒れていることに気付き、三人で誰なのか屈みこんで確認しようとしたのである。その瞬間、斎藤一は物も言わずにその内一人の背中に刀を突き刺してから、取ってつけたように、
「士道不覚悟にて粛清致す。」
と断ったのだった。篠原も今度こそともう一人を袈裟がけに斬ったのである。刀を振りかぶって襲ってきた最後の一人は、斎藤が素早く一人目から刀を抜いて律儀に、
「士道不覚悟。」
と再び断りながらその脛を斬ったのだった。その者がそのままうつ伏せに倒れると、篠原がその者に馬乗りになり、背中に刃を突きつけたのである。
「ふうー、十日前に切腹した連中が行動を共にしていなくて助かったぜ。なあ、斎藤。」
と篠原が言うと、斎藤は暗闇の中で黙ってうなづいたのだった。
 こうして隊の結束を乱す者の始末が斎藤の手によって終わり、新撰組にとってあと残ったのは御陵衛士本隊の始末だけとなった。その一方斎藤のことをすっかり信用し、篠原や阿倍十郎らと共に御馳走になった時、その場で伊東はついに斎藤に、近々新撰組を攻めて壊滅させる積りであることを打ち明けたのである。
「斎藤君。この度は本当に私の手足となって良く働いてくれた。裏切り者とは言え、昔の仲間を斬るのは辛かったろう。」
 そう言って、伊東は斎藤の盃に酒を注いだのだった。
「恐れ入ります。」
 斎藤は冷静にそう言って盃をぐっと飲み干し、伊東はそれを見てさらに続けたのである。
「いよいよ、時は来た。薩摩様から聞いたところによると、先の十月十五日、幕府は朝廷に大政を奉還したそうだ。さすれば幕府に仕え、幕臣にまでなった新撰組の権威は失墜し、薩摩様と共に名実ともに奴らを滅ぼすべき時が来たと言えよう。」
 伊東のこの言葉に、斎藤は間髪入れずにこう言ったのだった。
「伊東さん、願いがあります。」
「何だ、言ってみたまえ。」
「近藤局長と土方副長の首は、この斎藤にお任せ下さい。」
 それを聞いて、伊東よりも驚いたのはその時側にいた篠原であった。
「斎藤君、良くぞ言ってくれた。正直伊東さんの言葉に君がなんて答えるか案じていたのだ。」
 斎藤は篠原の方を振り返って、にんまり笑ったのだった。
「篠原君、心配掛けたね。僕もこうして君と同じ御陵衛士となったからには、伊東さんに役に立つ所を見せとかんとね。それに…。」
「それに何かね、斎藤君。」
と、伊東は不安気に聞くのである。
「いや、局長か副長の首を取れば、御褒美はたんまり貰えるのかと思いましてね。」
 その言葉を聞き、伊東と篠原は顔を見合わせて意外そうな顔をすると、伊東がまずこう言ったのだった。